- 1 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします[saga] 2016/09/26(月) 00:08:51.86 ID:28zoD9Qao
ジュリアと千早のSSです。色々な人が出ます。
■目次
プロローグ:初恋と流星群
第一章 :ロコ、思うままに
第二章 :消えたギターと墓参り
第三章 :アイ・オブ・ザ・タイガー
第四章 :オールドホイッスル
エピローグ:アディオス
- 2 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします[saga] 2016/09/26(月) 00:10:18.99 ID:28zoD9Qao
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プロローグ:初恋と流星群
千早「ジュリア、あなた緊張はしないの?」
チハもあたしも衣装に身を包み、準備万端だった。チハは六つボタンの前開きにスカート。
ピンクが基調の動きやすい格好……無防備に晒した腹部が呼吸の度に揺れている。
衣装の名前はピンクダイヤモンドとかいってたな、プロデューサーが。
対してあたしの衣装は……いつも履いているようなパンツにTシャツ。
ジュリア「いつもならそんなにしない。けどさ……アイドルのステージは初めてなんだよ」
チハの眼は、どこまでもまっすぐで、迷いがなくて……それでいてどこか淀んでいる。
そこに秘めた想いなんて、あたしは知る由も無い。それに、必要以上に強く知りたいとも思わない。
今はただ単にステージで自分の持っているものを観客にぶつける瞬間だ、そこに全力を向けるべき時だ。
ジュリア「ここはかなり広いしさ。キャパは200?それがチケットソールドアウトなんだから大したもんだよ」
- 3 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします[saga] 2016/09/26(月) 00:11:18.79 ID:28zoD9Qao
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駆け出しのチハやあたしにとっちゃ200人入る会場は十分に広い。
それでも場末の雰囲気が拭い切れないライブハウスだった。
控室の壁紙はところどころ剥がれ、穴が空き、よく見れば猥雑な落書きも。
千早「観衆の多さでパフォーマンスを左右させたくないわね。それに……まだまだ足りない、もっと多くの人に聴いてもらいたい」
ジュリア「……あたしもだ」
チハとあたしは目的が同じ。でもきっと理由・動機が違う。そしてたどり着くための道もきっと違う。
でも、少なくても言えることは……チハは一歩先を行っている。今日はあたしが前座だった。
千早「オープニングアクト、私も袖から見てるわ。あなたの歌……とても参考になるから」
ジュリア「好き、とは言ってくれないんだな」
千早「……ごめんなさい。好きな歌は別にあるの」
- 4 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします[saga] 2016/09/26(月) 00:12:16.74 ID:28zoD9Qao
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チハは、この薄汚れた控室の一角の例外……清らかな雰囲気の漂うポスターを眺める。
フレームに飾られた、サイン入り……頭に二つのリボンを下げた少女の一瞬を切り取ったポスターだった。
ジュリア「天海春香の歌だろ?」
千早「ええ……」
トップアイドル・天海春香。その存在はアイドルそのものを体現しているなんて事務所においてあった雑誌で読んだっけか。
あたしはアイドルに疎いから、その子を知らなかったけど。
ジュリア「……ところでさ、あたしの特技をまだ見せてなかったな」
千早「特技なんてあるの?」
ジュリア「ああ、ステージで披露するからさ。ちゃんと見ててくれよ」
二人の会話を割るかのように控室の重いドアが開いて男が入ってきた。
P「ジュリア、スタンバってくれ。千早もすぐだからな」
チハは「はい」とだけ返事。席を立って進行の最終確認を始めた。
ジュリア「プロデューサー、あたしの特技の準備は?」
P「ああ、バッチリだ」
あまりに自信満々な顔をして返事してくれるものだから、
なんだかこれからもこの人にまかせておけば何もかも大丈夫なんだと、根拠の無い安心感を抱いてしまった。
- 5 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします[saga] 2016/09/26(月) 00:13:30.34 ID:28zoD9Qao
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……
舞台袖から観客席をこっそりと覗きこむ。会場は超満員。でも、
ジュリア「……そこそこ静かだな」
P「だから言っただろ?みんな基本的には千早の歌を聴きにきてるんだよ。本当に不思議なアイドルだよな」
ジュリア「言われた通りにして正解だったよ……」
ステージ上にはアコースティックギターがポツリと置かれている。主人の帰りを待っている子犬みたいだ。
P「エレキじゃ、雰囲気壊しちゃうだろ?いや、自信があるならぶっ壊してもいいけどさ」
ジュリア「……観客を惹きつける自信?」
P「そうだな。求めているものと全く異質のものが現れたときに、普通抱くのは反感だよ。
それを凌駕する魅力を見せる必要があるだろうな。それだけのモノがある?」
- 6 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします[saga] 2016/09/26(月) 00:14:12.99 ID:28zoD9Qao
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考えこんでしまう。今までのステージを振り返る。ここよりもキャパは小さいものの、どのハコだっていっぱいに埋めてきた。
観客の熱狂ぶりだって、尋常じゃなかったはずだ。だから……
ジュリア「自信はある」
P「ほう……酔狂?」
ジュリア「……自惚れだとも思ってないぜ」
P「じゃあ、やる?今から変えたっていいぞ」
ジュリア「……いや。今日はチハのステージなんだ。それを壊そうとは思わない」
P「案外、空気の読めるやつなんだな」
ジュリア「そんなことはないかもしれないぜ。気に入らないヤツなら、メインを食ったっていいんだ」
アイドルだろうがなんだろうが、音楽に関わるのであれば、そこは完全実力主義の世界……それぐらいしたって構わないと思う。
ジュリア「でもさ、チハの歌、聴きたいんだよ。だから……まずはチハにあたしの本気を見せる」
- 7 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします[saga] 2016/09/26(月) 00:15:03.60 ID:28zoD9Qao
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……
スタッフの合図と開演のアナウンス。前座がいるということは事前に告知があったけど、このタイミングで改めて会場にその旨が流れる。
P「いけるか?」
ジュリア「ああ、大丈夫」
P「急ぐなよ」
ジュリア「……何の話?」
P「緊張してると走り気味になる」
ジュリア「……あたしのギター、そこまで見抜いてたのか」
P「今回は弾き語りだからリズムはジュリアが握るが、雰囲気が重要だ……緩急をつけて」
下手のスタッフが手をこまねいている、もう時間だ。
ジュリア「わかった、行ってくるよ」
P「よし、全力で表現してこい」
- 8 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします[saga] 2016/09/26(月) 00:15:48.59 ID:28zoD9Qao
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暗がりのステージを、ちょうど中央の位置まで歩む。
客席の方を向き、明転。ライトがあたしを照らす。
ジュリア「オープニングアクトを努めさせてもらうジュリアです、よろしく」
客を見る。不思議な顔……きっとこれからどうなるのか想像がついてないのかも。
でも、その表情もきっと当たり前だろうな。アイドルを見に来たってのに、髪を真っ赤に染めた奴が出てくるんだから。
メイクこそアイドルっぽくはしてもらったつもりで、だけどあたしらしさの象徴である目元の星だけは描いてもらった。
ジュリア「チハ……千早とは同じ事務所です。あたしの方が後に入ったけど、ほとんど同期みたいなもので……仲良くやらせてもらってます」
固くはないだろうかと自分を顧みる。でも、初めて会う人達なんだから礼儀は大事だよな……。
ジュリア「……いいや。喋るのはあんまり得意じゃないからさ」
アコギを手に取り、丸椅子に座る。ギターのくびれを太ももに乗せ、マイクの位置を調整する。
深呼吸して、もう一度前方を眺める。皆の視線があたしに集中する。ここまでくれば何が起こるかきっと解るはず。
- 9 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします[saga] 2016/09/26(月) 00:16:35.11 ID:28zoD9Qao
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ジュリア「一曲唄います。初恋、一章――片思いの桜」
ピックを鉄弦に向けて構える。
弦を弾く。そこから先はドミノ倒し。音を糸でたぐり寄せるように奏でていく。
しなやかなイントロが終わり、声を出す。いつものパンクス用のくぐもった声じゃなくて、クリアで綺麗な音の粒を……。
とにかく、この場所は静かだった。あたしの声と、奏でるコードしか響いていない。皆が聴き入っている。
間奏の最中、上手の舞台袖に一瞬だけ目を向ける。チハが驚き混じりの表情であたしを見ていたから、ウインクを飛ばす。
アウトロの最後の音まで、プロデューサーのアドバイスを意識していた。
自分の感覚より遅めにリズムをキープし続けて、演奏を終えた。残響、そして静寂。
ジュリア「……ありがとう」
あたしがその言葉を言うまで、ここの皆は、全員どこか不思議の国に連れて行かれていたのかもしれない。
きっと、ここがライブハウスなのだと気づいたから、この万雷の拍手を送ってくれているはず。
多くは語るまいと、お辞儀をして下手へ捌けていく。観客の表情を見れば解る……きっとあたしの歌は、胸に響いたのだと。
- 10 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします[saga] 2016/09/26(月) 00:17:23.02 ID:28zoD9Qao
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……
出番が終わり、プロデューサーに許可を取って関係者席でチハのステージを眺める。
見せる表情は真剣そのもの。いくら切っても刃こぼれしないような鋭利なナイフ……。
ジュリア「……楽しいのかな」
楽しくはないのかもしれない。あたしだって楽しいと感じるのはいつも唄い終わった後。
最中に感じるのは、高揚感と遊離感……現実から一歩踏み出す恐怖と歓喜……。
千早『次は……relations』
MCなんてありゃしない。唄うことに酔いしれているよう。
ジュリア「うまいし、とてもきれいだな、でも……」
ライブ感、それがチハに足りないもののように思える。
CDが流れているようで、ある意味ではその音源より正確だった。
音が止み、観客が立ち上がって拍手を送る。曲の間、座って聞くのもチハのファンの文化なんだろうな。
- 11 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします[saga] 2016/09/26(月) 00:17:59.82 ID:28zoD9Qao
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チハが一瞬だけ関係者席に顔を向ける。あたしと目線があって、本当に僅かな微笑みを見せる。その意はわからないけど、思い浮かんだのは……
X. 私の歌、すごいでしょう?
Y. 私、こんな風にしか唄えないの
B. ……物足りないわ
うーん……どれだ?あたし的にはBだと思うんだけどさ。
そんな他愛もない事柄に思考を巡らせて、チハの歌声に耳を傾けていたら、舞台上はすでにアンコールに差しかかっていた。
千早『本日はお越しいただいて、誠にありがとうございます』
千早『今回のライブは最初に、同じ事務所のジュリアが唄ってくれました』
千早『彼女の歌はとてもうまくて……なによりギターの演奏』
千早『実はさっきのを見るまで、ギターが弾けるなんて知らなかったんです。だから……寝首をかかれたみたい』
客席から笑い声。チハのやつ、顔は笑ってるけど目が笑ってないぜ……。
- 12 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします[saga] 2016/09/26(月) 00:19:04.24 ID:28zoD9Qao
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千早『だから、少し仕返ししようと思います。最後の曲は、ジュリアの持ち歌……【流星群】』
……やられた。
前座でチハに不意打ちをかけようという気は、正直に言えばなくはなかった。
でも、その意趣返しがこれか。やってくれるぜ。
チハの唄う流星群は、持ち歌じゃないだけあって、いつもより自由に唄えている印象を受けた。
あたしの歌を必死に自分のものにしようとしている。
その過程で、きっとチハ自身の持っている枠も飛び越えようとしている……。
- 13 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします[saga] 2016/09/26(月) 00:19:34.50 ID:28zoD9Qao
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P「どうだ、千早の歌は?」
知らない間に関係者席にプロデューサーが来ていたようで、意地の悪い笑みを浮かべている。
ジュリア「あんただろ、仕込んだの。思いつきでオケがだせるわけない」
P「さあな……ただ、〈撃っていいのは撃たれる覚悟のあるやつだけだ〉ってね」
ジュリア「じゃあ、さしずめあんたは武器商人だな」
P「ま、なんとでも言ってくれ。ただ、みんなの成長のために必死なだけだよ」
今まで座って静かに聴いていた観客も、立ち上がって、拳を振って、声を張り上げている。
ジュリア「前に居たバンドで歌ってた曲だからさ、演奏する側からしか見たことがなかったんだよ。こっちからの光景は初めてだ」
- 14 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします[saga] 2016/09/26(月) 00:20:06.17 ID:28zoD9Qao
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曲は間奏のギターソロへ。自然に指が動いてしまう。
P「好きなんだな、音楽が」
ジュリア「ああ……でもアイドルが好きなのかはわからない」
P「千早も同じ事を言っていたよ。自分がアイドルである理由がないって」
ジュリア「でも好きなアイドルはいるんだろ、確か?」
P「……天海春香か」
ジュリア「ギョーカイの人間なんだから、知り合いなんじゃないのか?」
P「いや、雲の上だよあの子は」
そう言うプロデューサーの顔は複雑でどこか諦めにも似たような表情だった。
- 15 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします[saga] 2016/09/26(月) 00:20:44.27 ID:28zoD9Qao
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……
千早「ジュリア……とても素晴らしい演奏だったわ」
再び楽屋裏。チハと二人きりだった。ライブの興奮もいくらか落ち着き、反省会のような雰囲気になっていた。
チハは、笑っている……見える分にはそう。
ジュリア「怒ってない?」
千早「私が?どうしてそんなことを?」
ジュリア「だってさ……不意打ちだったしさ」
千早「確かにそうかもしれないけど、何も気にしてないわ。私の最後の曲で貸し借り無し……」
そういうチハの顔は笑っていた。事務所に入ってから、こんな表情は見たことがなかった。
かといって品の無い笑いというわけでもない。心穏やか、というのがぴったりのような。
- 16 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします[saga] 2016/09/26(月) 00:21:20.45 ID:28zoD9Qao
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千早「また、こんな気持ちにさせてくれる人が現れるなんて」
ジュリア「こんな気持ちって?」
千早「心が軽くなるような、そんな気持ちよ」
ジュリア「あたしが、そんなに?」
千早「ええ……ライバルだと思っていい?」
ジュリア「いいけどさ、前座で唄ったようなのは、あまり唄わないぜ」
千早「パンクロックが好きだっていうのは知ってるから」
そうかいと答えて、改めて自分の衣装を見る。ふりふり、ふわふわ、きらきら。
ジュリア「……どうしてこんなことに」
チハの流星群が終わった後にプロデューサーに楽屋まで連れてこられて、即座にこの衣装に着替えた。
そのままステージに引っ張りだされてチハと終演の挨拶……。
- 17 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします[saga] 2016/09/26(月) 00:22:03.70 ID:28zoD9Qao
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千早「書類の送付先を間違えたって聞いたけど」
ジュリア「ああ、そんなもんだよ」
千早「ふふっ、私もアイドル志望じゃなかったんだけど……ただ単に歌手になりたかったの」
ジュリア「天海春香に憧れてか」
千早「それもあるけど、私は春香のように唄えないし、唄うつもりもないわ」
ジュリア「へぇ……春香って呼ぶんだ」
その指摘にチハは虚を突かれたようで、赤面している。
千早「変よね、会ったこともないのに」
ジュリア「いや、いいんじゃないか?実際に会って、呼べるように頑張ればいいさ」
千早「そうね、きっと……プロデューサーについていけば」
ジュリア「アイツ、なんかテキトーに仕事してるのかと思ってたけど」
千早「私も最初はそう思っていたけど、私が唄の仕事がいいって駄々をこねてたら、その通りの仕事を持ってきてくれるし」
- 18 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします[saga] 2016/09/26(月) 00:22:31.21 ID:28zoD9Qao
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駄々をこねるチハってなんか聞くだけならかわいいけど、きっと全く融通のきかない頑なな感じなんだろうな。
千早「だから、春香とプロデューサーと……そしてあなた。私の気持ちを抱え上げてくれる人」
ジュリア「……あたしが、ねぇ」
千早「当たり前じゃない。正面から張り合える人が現れて……沈んでばかりじゃいられないわ」
ジュリア「沈んで、か……それでプロデューサーに食ってかかってるときがあるのか」
千早「私の悪い癖ね……でも、いつもプロデューサーは真剣に聞いてくれて、納得する答えをだしてくれるの」
ジュリア「……うまくかわされて言いくるめられてるだけじゃないのか?」
千早「でも、いいの、私が納得してるから」
- 19 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします[saga] 2016/09/26(月) 00:23:08.21 ID:28zoD9Qao
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そのチハの顔はやっぱり穏やかで、優しい顔をしていた。きっとステージでもその顔を見せれば、違う魅力も見えるだろうに。
ジュリア「そうだな、それならいいのかも、ケンカにならないならさ。……ああ、ケンカした方がいいのか?」
千早「……なんで?」
ジュリア「ケンカするほど仲がいいっていうじゃんか」
千早「……っ」
チハは顔を赤らめて、
千早「それってどういう意味!?」
あーあ、やっぱりこの顔をステージでも出せればいいのに。
さて、チハが叫んだ瞬間プロデューサーが楽屋に入ってきて、チハの顔を見るなり、
P「どうした千早、顔赤いぞ」
チハはもう悪態をつくような気力もないのか、そっぽを向いてしまう。
- 20 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします[saga] 2016/09/26(月) 00:23:42.15 ID:28zoD9Qao
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P「何があったのか知らないけど、次の仕事の話しない?」
仕事――その言葉を聞いた途端、チハは冷静な表情を取り戻し、プロデューサーに向き直る。
ジュリア「賛成だな。で、どんな仕事?あたしも出る幕あるか?」
P「ああ。二人と、あとはまつりとロコ、合計四人でかな」
千早「……一体どんな仕事でしょうか?」
チハは、何か気がかりな顔をしている。プロデューサーはきっとそれに気づいて、
P「大丈夫だ。歌はある……というか望めばできる。それぞれの得意分野を活かせる内容になる予定だ」
ジュリア「そりゃ……面白そうだ」
P「詳しいことは追って連絡するよ。ともかく今日は疲れただろ。送るから帰って休んでくれ」
- 21 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします[saga] 2016/09/26(月) 00:24:35.86 ID:28zoD9Qao
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……
プロデューサーの運転は、特別荒くもなく静かすぎることもなかった。
そんな中、疲労がどっと来てうつらうつらとしてしまった。
途中でチハがマンションの前で降りたのだけ覚えている。一人暮らしだっていうのは初耳だった。
P「ジュリアも一人暮らしだよな」
ジュリア「ああ……音楽やるって上京してきて……」
反対はあまりされなかった。特に家族から煙たがられていたわけじゃないけど、
中学の時から音楽に浸かりきっていたから、両親だって覚悟の上だったのかもな。
ジュリア「あんたのお陰だよ。通信でもいいから高校に行かなきゃ事務所に入れないって両親にまで言ってくれて」
P「勉強は大事だからな。視野が狭かったら、創るものだって小さくなるからな」
高校に行く条件を付けられたとき、もう765プロがアイドルの事務所だってのは知っていた。
でも、なんで、そうまでして入ったんだっけ……。
- 22 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします[saga] 2016/09/26(月) 00:25:15.01 ID:28zoD9Qao
-
ジュリア「高校に行けって話してくれたときも、同じことを言ってたな」
P「そうだったか?歳取ると、前に言ったことなんて忘れるんだ」
ジュリア「あんた、まだそんな歳じゃないだろ……」
P「そう見えるならいいな……ああ、そうだ、似たようなことを他の子にも言ったっけかな」
ジュリア「事務所の奴は皆言われそうだな。勉強ほっぽり出すような前のめりなのが多いし」
P「それが千早だとしたらどう思う?」
ジュリア「チハが?」
プロデューサーがそう言うからにはきっと事実で……あたしにとって、チハがそんなことを言うのは意外だった。
ジュリア「もう少し堅実で、現実主義者なのかとばかり」
P「……バカがつくほどの歌好きだからな」
ジュリア「好きって思いと、やらなきゃって思う使命感……」
きっとチハは、そんなものに追われている。
- 23 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします[saga] 2016/09/26(月) 00:25:44.69 ID:28zoD9Qao
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P「そうだな、そういう感覚で自分を奮い立たせているのかもな……。で、ジュリアはなんで千早をそんな奴だと思うんだ?」
ジュリア「……そりゃ簡単さ。あたしと同じ匂いがするからさ」
P「そうか……面白いことになりそうだな」
ジュリア「なんだ、また悪巧みしてるのか」
P「いや……千早とジュリア、きっとアイドルの枠を飛び越えられるんじゃないかと思っててさ」
ジュリア「歌を極められるってことか?」
P「それだけじゃないさ。アイドルそのものの在り方をきっと変えられる、そういう力がある。もちろん、他の765プロの子もそうだ」
ジュリア「そんなに過大な期待をされてもさ……結局はあんたの腕次第だと思うぜ」
P「だからさ、みんなにやる気を出して貰わないと」
ジュリア「そりゃ、もちろん。あんたが相応の舞台を容易してくれればさ」
P「わかった。よろしく頼むよ」
- 24 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします[saga] 2016/09/26(月) 00:26:19.06 ID:28zoD9Qao
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車がスピードを落としてあたしのマンションの前で止まった。
シートベルトをはずし、外に出て真っ先に車の後部へ向かう。
ジュリア「プロデューサー!トランク開けるからなー!」
P「あいよー」
ハードケースにしまいこんだアコースティックギターを片手に、マンションのエントランスへ向かう。
その最中、振り返って、
ジュリア「お疲れさま!」
P「おう、お疲れ!」
ジュリア「……ありがとな!」
プロデューサーはお礼の真意が読めないのか、キョトンとした表情でいる。
ジュリア「おかげで見つけられるかもしれないと思ったんだ、あたしがアイドルをやる意味!」
プロデューサーの表情は、打って変わって優しいものになる。あたしのお礼に納得してくれたようだった。
P「オーケー、じゃあ早く寝ろよ」
プロデューサーは、窓から顔を引っ込めて、パワーウィンドウを閉めながらアクセルを踏む。軽く手を振り行ってしまった。
- 25 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします[saga] 2016/09/26(月) 00:27:11.77 ID:28zoD9Qao
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ジュリア「早く寝ろなんて、子どもじゃないんだからさ」
あのくらいの年齢の男なら、あたしなんてガキみたいなものかもしれない。
ジュリア「でもさ、少しは認めてくれてるんだよな」
……もっと認められたい。
何かを意図したわけでもなく、エレキギターを抱える。日課であって、ほとんど癖みたいなものだった。
イエローのレスポールにシールドケーブルを差し込む。そのシールドをギター・アンプへ。アンプの出力端子にはヘッドホンを差し込む。
ヘッドホンを頭にかけると髪の毛が潰れるも、そんな事は気にも留めない。もうシャワーを浴びて、メイクは落とした。あとは眠るだけ。
- 26 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします[saga] 2016/09/26(月) 00:27:45.79 ID:28zoD9Qao
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ジュリア「でも、その前に……」
ボリュームを上げて、六弦をはじく。鈍い開放弦の音がアンプで歪み、あたしの鼓膜を揺らす。
そこからいつもの練習フレーズをひたすら繰り返す。
才能、理由、そんなものは後回しだ。ギターを持ったからにはそこに一切を集中させる。
人を魅了したいと思う。形はなんだっていい。でもそれはなんでだろう。
自己顕示欲?いや、もっと、綺麗な想いがあったはず……なんだっけ?
雑念が消えなくて、考えと動きが乖離する。思考とフレーズが同時に走っていく。
それが正確に両立するなんて、きっとこれまでの練習の成果なんだろうけど。
ジュリア「……チハのせいだ」
きっとそうだ。だからまずはチハに追いつかなきゃ。だから今は練習あるのみ……。
- 27 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします[saga] 2016/09/26(月) 00:43:18.68 ID:28zoD9Qao
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第一章:ロコ、思うままに
光はさせど風は吹かず。
伴田路子は郊外のアトリウムに居た。
パーティションで区切られた、彼女だけの空間には油彩独特の匂いが立ち込めていた。
ロコ「光のアングルがこっちで……」
筆を走らせる。直感のまま、より綺麗で純粋な劣化の無い思考をカンバスへと浴びせるように。
ロコ「ああ、もう!フィジカルが邪魔でしょうがないです!」
どうして、頭の中ではあれだけ美しい作品が思い浮かんでいるのに、実際に出来上がるものは退屈なのだろうとロコは思う。
しかし、悩むだけでは埒が明かない。どうにもならない課題を克服するべく作戦を練る。
ロコ「地球をリフトアップしながら描いてみれば……」
つまり逆立ちしながら筆をふるえば、ということだ。
そんな愚にもつかないアイデアを絞り出している最中、一人の足音がロコの耳に入り、その主の黒い影が現れた。
- 28 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします[saga] 2016/09/26(月) 00:43:54.33 ID:28zoD9Qao
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P「……印象派?モネみたい」
ロコ「プロデューサー……」
P「なんすかロコセンセー、行き詰まり?」
ロコ「そうなんですよ~」
プロデューサーは、ロコのカンバスに近づく。近づけば点の集合、しかし遠目で見れば、何らかの事物を見いだせる。人物画だった。可愛らしい少女の絵。
ロコ「イリュージョンですよ」
P「……なんの話?」
ロコ「この、色つきのネバネバが、アーチストの手にかかれば、何にだって変わってしまうんです」
P「そうだな……例えば、さっき言ったモネは光の画家なんて呼ばれている。絵から光そのものは出てこないが、カンバスの中には光が溢れているようで……」
そんな絵を描けるロコは一端の画家なんだなと、プロデューサーはロコを褒める。
得意顔になるロコ。プロデューサーの意図は『とりあえず乗せておけ』にもかかわらず。
- 29 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします[saga] 2016/09/26(月) 00:44:27.02 ID:28zoD9Qao
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ロコ「……一流のアーチストは、世界の色を好きなようにセレクトできます」
空は必ずしも青ではなく、赤でもいい。それどころか白い空に青い雲が浮かんでたっていいのだ。そうロコは主張する。
P「……自由なんだな。自分を縛らなくても飛んでいけるんだ」
ロコ「自分を縛ったら飛べないなんて当たり前じゃないですか」
P「グレートスーパーアウトスタンディングお嬢ちゃんにとっちゃな」
そうやっていつものようにプロデューサーはロコからかう。しかし、ロコの取り組みを否定したことはない。
むしろ好きなように描けと創れと、こんな光あふれる室内空間まで用意したのだった。
- 30 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします[saga] 2016/09/26(月) 00:44:53.79 ID:28zoD9Qao
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ロコ「そう見えるのかもですけど、ロコはまだ、心をフリーにして飛んで行けないんです」
P「そりゃまたなんで?」
ロコ「その絵です」
P「さっきから褒めてるつもりだったんだが」
ロコ「全然!ぜーんぜんです!」
ロコは普段事務所では表に出さない、不機嫌な表情を僅かに覗かせる。
P「自分で納得が行かないってことか」
ロコ「思い立った時は、脳にサンダーボルトが走ったのに、なんだか今はもう……デフレスパイラル?」
それを聞いたプロデューサー、意味解ってんのかと軽くデコピン。
あいた、とロコは可愛らしい額を押さえる。
ロコ「バイオレンスな男の人は嫌われちゃいますよ」
P「ははっ、大人はな、程よくコントロールできるんだよ」
ロコ「やっぱりデンジャラスな人ですね……」
- 31 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします[saga] 2016/09/26(月) 00:46:08.50 ID:28zoD9Qao
-
P「……そんなどうでもいいことは置いといて。今日は仕事の話をしにきたんだ」
ロコ「私にですか!?必ず結果にコミット?しますから!」
プロディ―サーはもう対応が面倒なのか特にツッコミもなく、
P「解った解った……きっとロコにしかできないような内容になる」
ロコ「それで、どんな仕事なんですか?」
P「そうだな、俺の馴染みのテレビ屋に話しをつけてきてさ……」
プロデューサーが言うには、深夜帯の30分を丸々押さえたのだという。
新進気鋭のアイドルを事務所単位で紹介するというその番組は、アイドル好きに定評があるらしいのだった。
- 32 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします[saga] 2016/09/26(月) 00:46:41.35 ID:28zoD9Qao
-
P「今回は765プロ特集にしてもらって、事務所から四人選抜した」
ロコ「……だとすると他のメンバーは誰なんですか?」
P「あとは、千早、ジュリア、まつりだな」
ロコ「……クセのあるメンバーですね」
お前がいうかとプロデューサーは再びゆるいデコピン、ロコは額を押さえる。
P「それぞれの特技を披露してもらうつもりだ。個性的なメンバーだって解ってるなら、ロコも目立てるようにアピール内容をしっかり考えなきゃならないぞ」
ロコ「ロコは……やっぱりアートでアピールですね!」
P「持ち時間は……一人五分間だ」
ロコ「あまり時間ありませんね……」
四人なら計二十分。番組本編が二十五分なんだからそこそこもらった方だとプロデューサー。
- 33 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします[saga] 2016/09/26(月) 00:47:36.83 ID:28zoD9Qao
-
P「深夜とはいえ全国ネットだ。まだ四人はお世辞にも人気者といえないから……チャンスをものにするんだぞ。もちろん俺も最大限サポートするから」
ロコ「もしかして、ロコだけヒイキしてくれたりするんですか?」
P「……んなことすると思う?」
ロコ「思わないですけど……ロコにこんなにいい場所を用意してくれるし、お仕事もらえるし……」
P「そんな甘く見てるなら、ここでいっちょテレビに出すためにしごかないと」
ロコ「……ああっ、ごめんなさい!そんな怖い目で見ないでください!アポロジャイズしますから……」
P「全力でPDCAサイクル回すからな、覚悟しろよ……」
しかし、ロコには強制などせずとも自分の好きな事柄に熱中して取り組める才能があることをプロデューサーは理解している。
その武器を活かせる場を作らねばとも意識していた。
- 34 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします[saga] 2016/09/26(月) 00:48:04.87 ID:28zoD9Qao
-
先日のジュリアの前座もそのような意図があった。千早とジュリア、お互いのライバル心の刺激……。
P「あの二人もそこそこ似た者同士だから……」
ロコ「プロデューサー、もしかしてアローンな時間が長くて独り言が癖になったタイプですか?」
P「……一緒にしないでくれる?」
ロコ「ロコだってぼっちじゃないです!」
ガラス張りの天井からは相も変わらず、日の光がさんさんと降り注いでいた。
その緩やかな光の中、ロコの描いた少女が微笑んでいるようにも見えた。
- 35 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします[saga] 2016/09/26(月) 00:48:45.22 ID:28zoD9Qao
-
……
ロコ「アート……アート」
ロコはアイディアを求めて、一人町中を歩いていた。
ロコ「心細いですけど、プロデューサーに頼り切りは良くないし……何より、アートはもとから孤独な作業……」
空を見上げると、雲の中に時折晴れ間が混ざる。平日の昼間だからか比較的人が少ない。
そもそも、普段ならこんな時間に外に出ることはない。
ロコ「学校……サボってまで……」
いやいや、学校のつまらない授業なんかより、芸術のほうが大切だとロコは自分に言い聞かせる。
しかし、根が真面目だからかロコは小さな罪悪感を抱いてしまう。
ロコ「でも、学校は息苦しいし……」
いじめを受けたとか、そんなことではない。でも、あそこだと自分のやりたいことができない。
アートのクラス……美術だってそうだ、好きなことをさせて貰えない。
やりたいことをやっても褒められるどころか怒られることもあった。
- 36 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします[saga] 2016/09/26(月) 00:49:19.88 ID:28zoD9Qao
-
ロコ「みんなは苦しくないんでしょうか……」
少なくとも、同じ年代の女の子……765プロのみんなは、学校の人たちより生き生きしているとロコには思えた。
楽しんでいるばかりではなくて、真剣にアイドルと向き合って、苦しさすらも真正面から受け止めていた。
ロコ(もし、プロデューサーにこんなことを言ったら笑われるんでしょうか。それとも、同意してくれるんでしょうか)
思考の渦に飲まれた足取りに目的地などなかった。いつのまにやら、居酒屋の並ぶ地区にロコは足を踏み入れていた。
ロコ「ここのあたりは……昼間からやっているんですね」
白い無精髭をはやしたおじさん、髪の薄い太めのスーツ姿の男性……どういう事情かは知らないけど、
きっとこの区画だけでは生き生きとしていられるのかもしれないとロコは思う。
- 37 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします[saga] 2016/09/26(月) 00:49:51.18 ID:28zoD9Qao
-
そんな中、突如、女性の声が聞こえた。
ロコが視線を向けた先で小学生ぐらいの背丈の女の子(?)が居酒屋の店主に抗議していた。
?「ちょっと、どうして飲ませてくれないわけ!?」
店主「いやー、お嬢ちゃん……二十歳になってからだって……そんな歳でお酒飲んだらご両親悲しんじゃうよ」
?「だから、私は――」
そのやりとりにロコは近づき、
ロコ「どうしたんですか、コノミ?」
このみ「うわっ、ロコちゃん!どうしたのこんなところで?こんなところ子供が来ちゃだめよ……」
店主「……お前も子供だろうが!いいから帰った帰った!」
- 38 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします[saga] 2016/09/26(月) 00:50:43.25 ID:28zoD9Qao
-
……
このみ「全く……融通が利かないのね、あの店」
そりゃあ、証明するものがなければ小学生にしかみえないだろうとロコも心の中であの店主に同意する。
ロコ「それで……なんでこんな時間にこんなところに……?」
このみ「それはもちろん……昼呑みよ。この街でだけ大ぴらに許された贅沢……」
ロコ「ダメな大人ですね……一応、アイドルなんですよ……?」
このみ「一応ってなによ!?というか、あなたこそなんでこんなところに……」
そう言ってこのみは何か察したような表情で、
このみ「ふふっ、分かっちゃったわ……人生経験豊富な私だからこそ成し得る技ね」
人生経験についてはそうだろうとロコは思っても口に出さず、
このみ「ズバリ、恋ね」
ロコ「……恋ですか?」
- 39 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします[saga] 2016/09/26(月) 00:51:12.47 ID:28zoD9Qao
-
このみ「恋に敗れ、学校に行く気力も無くて、この街でやけ酒って算段よね?」
ロコ「いえ、一部正しいアンサーですけど、全体としては間違いです」
そもそも、未成年がやけ酒はまずいだろうと言及する気力はもう無く、
ロコ「ただ、学校をサボタージュしてアートに……」
ここで会ったのがこのみで幸いだったとロコは思う。このみはいつも気さくで、話しかけやすい。
他の事務所の子だったら、もしかすると、嘘をついてしまうかもしれなかった。
- 40 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします[saga] 2016/09/26(月) 00:51:52.21 ID:28zoD9Qao
-
このみ「サボった理由、聞かないわ。もし話してくれても、それはロコちゃんにしかわからないことだろうから……」
このみは、優しくも神妙な面持ちになるので、ロコはその言葉に聞き入ってしまう。
このみ「だから、大人の意見としては、今しかできないことをやったほうがいいんじゃないかって思う」
ロコ「アズ・スーン・アズ・ポッシブルで学校に行きなさいってことですか?」
このみ「……今すぐに?そうはいってないわ。むしろ、行きたくない理由があるなら、すぐには行かないほうがいいと思うの」
- 41 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします[saga] 2016/09/26(月) 00:52:35.95 ID:28zoD9Qao
-
空の雲はいつのまにやら捌けており、初夏の日差しが降り注いでいた。
このみ「でもロコちゃんは学校に行く必要もあると思っているのよね?」
ロコ「……アグリーします。アテンダンスがないと卒業できませんから」
このみ「卒業できないって理由だけで学校にいかなきゃって思うなら、私はそんなの行かなくても同じだって思うわ」
ロコ「そうなんですか?」
このみ「問題は学校で何を手に入れるか。そこでしか手に入らないものもあると思うし、そこだけでは絶対に手に入らないものもあると思うわ」
このみは腕時計を見てはっとする。
このみ「いけない、もうこんな時間……怒られちゃうかも」
ロコ「誰かと待ち合わせですか?」
このみ「ええ、長くなりそうだから……ロコちゃんも来る?もう一人、人生の先輩に話しを聞くのもいいんじゃない?」
- 42 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします[saga] 2016/09/26(月) 00:53:04.67 ID:28zoD9Qao
-
……
駅から離れる方向へと通りを歩き、途中の細い路地を曲がると地下への階段が現れた。
このみ「赤羽でも珍しい雰囲気の場所だから気に入ってるのよ」
そう言ってこのみは小さな身体を揺らし階段を下っていく。
ロコは何も言わずについていくが、内心では少しだけ怖がっており、
怪しい場所に連れて行かれてバケモノに食べられてしまうのではないかと訝しんでいた。
しかし、この世の果ての様な深い階層まで降りるわけでもなく。
十数段、きっと建物の一階分だろう。先に降り切ったこのみは奥へと続くドアを開ける。
ドアの内側に取り付けられたベルが振動で鳴り、来客を店内に知らせる。
外の日差しはどこへやら。店内は電球色の間接照明で柔らかく照らされ、今何時なのかさっぱり見当がつかない。
ここだけ二十四時間、夜なのではないかとロコは思う。
入り口付近から見える店内の設備はバーカウンターと椅子……至ってシンプル。
さらにバックバーがリキュール類の鮮やかな色で彩られていた。
他に客は無くこのみは迷わずカウンターに陣取る。
そのカウンターの中に居る、店員と思わしき人物の真ん前。
- 43 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします[saga] 2016/09/26(月) 00:53:45.83 ID:28zoD9Qao
-
このみ「ごめん遅くなったわ!」
?「姉さん、遅いー……連絡もくれないし」
このみ「早めに来すぎたから一杯ひっかけようと思ったら、誰も飲ませてくれなくてね~」
?「……そりゃそうよ」
このみ「そりゃそうよ、って言い草への怒りはとりあえず引っ込めておいて……途中で不良少女を拾ってきちゃったのよ」
?「あれ……ロコ?」
ロコ「……なんで、リオ?」
このみ「……イケナイ、アルバイトよ」
莉緒「こら、このみ姉さん、若い子に変な嘘言っちゃだめよ!」
ロコ「もしかしてここって、ロコのようなティーンエージャーにはフォービドゥンされたモラルハザードな場所ですか……?」
莉緒「……大丈夫よ、昼間はカフェ営業だから。ついでに言えば、私、夜は働いてないわよ。カフェタイムに手伝いに来ているだけだから」
このみ「莉緒ちゃん、芋焼酎ソーダ割りお願い!」
莉緒「カフェタイムだって言ってるのに、しょうがないわね……飲み過ぎは厳禁よ。ロコは……黒糖カフェオレとかどう?」
ロコ「じゃあ、お願いします!」
このみ「お金は私の奢りだから気にしなくていいからね~」
- 44 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします[saga] 2016/09/26(月) 00:54:36.20 ID:28zoD9Qao
-
……
このみ「つまりー、ひっく……ロコちゃんは遊びをクリエイトしたいわけね」
ロコ「それじゃ、どこかの会社のマニフェスト?みたいです……」
莉緒「お姉さん、わかってるわよ……ロコみたいな年端もいかないか弱い女の子が、一生懸命頑張ってるところを見て男の子がキュンときちゃうのよね」
カフェタイムなのに、なんて言葉はどこへやら。リオもビールを飲み始める。仕事じゃないのですか?とロコはつぶやく。聞こえてないらしい。
このみ「そうよそうよー。さっき言ってたテレビ番組の話?あれもロコちゃんが一生懸命になっている所を見せるのが一番ね」
ロコ「だとすると、やっぱりアートですね!」
- 45 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします[saga] 2016/09/26(月) 00:55:06.29 ID:28zoD9Qao
-
莉緒「ところでロコは今までどんな種類の作品を作ってきたの?」
ロコ「ええっと、絵だと……オイルとウォーターカラーに、あと水墨画もやりました!」
ロコは今までに製作してきた芸術作品に思いを巡らす。
ロコ「あとはブロンズのスタチューを作って社長室に飾ったり、事務所の壁にラッカーでファンクなウォールアートを描いたり……
とにかくプロデューサーにロコのプログレッシブなワークスを見せたら一杯褒めてくれて、今のアトリエを用意してくれたんです!」
このみ(それって事務所を壊されるのが嫌だからプロデューサーが隔離しただけじゃ……)
莉緒(姉さん、だめよそんなこと言っちゃ……)
ロコ「二人共どうしたんですか、そんなウィスパーボイスじゃ聞こえないです」
莉緒「いやいや、トリビアルな話よ、ねえこのみ姉さん……」
このみ「そ、そうね……というかなんで莉緒ちゃんも横文字混じりなの?」
莉緒「親身になるのにまず形から入るタイプなのよ……」
- 46 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします[saga] 2016/09/26(月) 00:55:52.17 ID:28zoD9Qao
-
このみも莉緒もエンジンがかかってきたのか、新しいグラスへと褐色の液体を注ぐ。正露丸の臭い。
ロコ(どうして大人たちは好んでこんな物を……)
莉緒「ともかく、ロコは今まで色々な種類の芸術に手を染めてきたのよね」
このみ「犯罪みたいな言い草ね!」
二人は声を上げて笑う。酔っ払ってはいるものの、下品な騒ぎ方ではない。まだアイドルとしての理性を残した笑い声で良かったとロコは思う。
- 47 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします[saga] 2016/09/26(月) 00:56:36.27 ID:28zoD9Qao
-
莉緒「だからね、全くやったことの無い芸術にチャレンジしてみたほうがいいと思うの」
ロコ「ロコの中のアンディスカバードなエリアを探すわけですね!」
このみ「うーん、それって……例えば?」
莉緒「裸婦よ」
ロコ「ラフ?なにがラフなんですか?」
このみ「普段、莉緒ちゃんが年甲斐もなくプロデューサーに対してラフすぎる色仕掛けをしちゃう話?」
莉緒「違うわよ……。裸の女性……裸婦よ」
『裸の』の部分を妙にセクシーな吐息混じりで声に出す莉緒。
ロコ「アブソルートに酔っ払ったダメな大人になってしまいましたか……」
- 48 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします[saga] 2016/09/26(月) 00:57:04.21 ID:28zoD9Qao
-
莉緒「失礼ね、まだビール二杯とワインと泡盛とウイスキーしか飲んでないわ」
ロコ「お酒やたばこには興味ないけど、なので、よくわかりませんけど飲み過ぎなことは人類のコモンセンスから……」
再び頭を絞って怪しいカタカナ語を振り絞ろうとしていたロコだったが、このみが俯いていることに気づく。
このみ「はだか……はだか……」
このみは頬を染めて狼狽するものだから、莉緒はそこに追撃をかける。
莉緒「あら、このみ姉さん、裸は嫌?」
このみ「……いやじゃないけど」
なにがどう嫌なのか、もうよく解ったもんじゃない。
ロコは、三杯目となる烏龍茶を口に含む。安っぽい味。このみの横には莉緒と同じぐらいの空きグラス。
- 49 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします[saga] 2016/09/26(月) 00:57:35.42 ID:28zoD9Qao
-
莉緒「女性の裸体は立派な芸術の対象なのよ、ねえロコ?」
ロコ「一応そうですけど……」
このみ「はだか……はだか……」
ロコ「でもロコ、あまり女性の裸にエキサイトしません!」
莉緒「頑張って英語を使うとするあまり、変な意味になってない?」
このみ「はだか……はだか……」
莉緒「ほら、このみ姉さん、こっちの世界に戻ってきて!」
莉緒はこのみの肩を掴み、軽く揺する。眠りから覚めたようにこのみは目を見開く。
このみ「……裸の女性たちがたくさん踊っている夢をみたわ」
酔っぱらいの相手は妙に疲れてしまうとロコは思う。
- 50 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします[saga] 2016/09/26(月) 00:58:09.20 ID:28zoD9Qao
-
ロコ(素直にアトリエに篭っていたほうが良かったのでしょうか)
このみ「待ってロコちゃん、帰る準備しないで……」
ロコ「残念ながらアートイズロング、ライフイズショートですから」
このみ「『少年老い易く学成り難し』?」
ロコ「そんなところです!」
このみ「ええっと、じゃあ真面目に私なりのアドバイスをあげるわ。莉緒ちゃんがさっき言ってた、『やったことないことをやれば』っていうのは私も同意で」
莉緒「さっすが姉さん♪」
このみ「例えば、ロコちゃんは絵を描いているイメージが強いから、新しいジャンルとしては……陶芸とかどうかしら?」
ロコ「うーん、良いディレクションだとは思うんですけど、もっとマーケットに対してインパクトを与えられるようなホットワードで、かつブルーオーシャンなカテゴリで……」
- 51 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします[saga] 2016/09/26(月) 00:58:45.93 ID:28zoD9Qao
-
莉緒「『鉄は熱いうちに打て』?」
このみ「うーんなんかそれとも違うような……」
ロコ「鉄を熱いうちに打つ……それですよ、リオ!」
莉緒「それ?」
ロコ「ああっ!湧いてきました、ロコのホットスプリングからインスピレーションのフラックスが」
このみ「……大丈夫?」
ロコ「こうしてはいられません!一週間ぐらい旅にでます!」
莉緒「ちょっとどこに行くの!?」
ロコ「日本刀ですよ!トラディショナルなカタナと、モダンアートの融合……きっとロコがパイオニアになれるはずです!」
ロコはトートバッグに荷物を入れ、二人に背を向けて店を出る。
このみ「プロデューサーには連絡しなさいよー!」
ロコ「コピーザット、です!」
- 52 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします[saga] 2016/09/26(月) 00:59:32.60 ID:28zoD9Qao
-
……
このみ「嵐みたいな子ね」
莉緒「……台風一過で静かだわ」
このみ「良いわね、自分を信じられるって」
莉緒「あら、一応同じ土俵に立っているのに」
このみ「そうだけど……」
莉緒「それにまだ疲れるのは早いわよ。千早ちゃんの件もあるんだから」
このみ「歳をとっても大変だけど、若いのも大変ね~」
莉緒「言っとくけど、私達だってまだまだ若いわよ」
このみ「……でも細かいことをあまり気にしなくなっちゃった」
莉緒「確かに……だったら、今がまだ昼だっていうのも気にしてないわよね?」
このみ「もちろん。じゃあ若者たちに乾杯して飲み直しましょうか」
- 53 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします[saga] 2016/09/26(月) 01:31:56.35 ID:28zoD9Qao
-
……
まつり「ジュリアちゃん、今なのです!」
ジュリア「はいはい姫様……」
ジュリアはギターのボリュームを回し、音を奏でる。愛用のエレキギター。
まつりは「ほ?ほ?」と踊り始める……ダンスというよりかはこてこての『踊り』だった。
まつり「お城を建てるようなギターなのです!どうかまつりのお城も……」
ジュリア「フライングVは持ってないし、不必要にヒラヒラのついた服も着てないからな……」
まつり「ほ?意味はよくわからないですけど、とにかくジュリアちゃんのギターはかっこいいですし、素晴らしいのです……ね?」
- 54 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします[saga] 2016/09/26(月) 01:32:30.15 ID:28zoD9Qao
-
初めてまつりと会ったときは、どのように対応したら良いのかジュリアは非常に悩んだ。
今でもたまに言っていることが解らないときがある。ただ、そんなときはなんとなく流したりしても、マツリはそれほど怒らない。
むしろ、ジュリアが好きなこと、つまりギターを触っていれば興味をもってどんどん話しかけてくれる。
そしてジュリアはそれに応え、普段より饒舌に音楽の薀蓄をまつりに教え込む。
そんな時にジュリアは、好きなことを喋るのは苦にならない質なのだと自覚するのだった。
ジュリア「うーん、いまいちピンと来ないな。マツリに合うような曲を作ろうとは思うんだけど」
まつり「それはありがたいと思うのです……ですけど」
ジュリア「けど?」
まつり「やっぱり、まつりだけに合う曲ではきっとダメなのです」
ジュリア「だって、あたしたちの時間はマツリがメインって決めたんだから……」
まつり「そもそも、そこが間違いなのです!」
まつりはピシャリと言い放つ。いつものような柔らかさではなく、真剣な表情を覗かせる。
- 55 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします[saga] 2016/09/26(月) 01:33:39.91 ID:28zoD9Qao
-
まつり「二人の時間なのですから……やっぱりまつりは間違っていたのです。まつりだけメインじゃこの話は無し!なのです!」
ジュリア「ええー……ここまできて?いい案だと思って持ちかけたんだけど」
まつり「時間を合わせる、というのはとてもいい案だと思うのです。でも、やっぱり二人がメインじゃないとダメなのです」
ジュリアは逡巡し、考えこむ。しかし、マツリの言うことはもっともで筋が通っている。だからこそ、腹をくくり、一歩踏み込む決意を固める。
ジュリア「……わかった。二人でメインをはれるような内容を考えなおそうぜ」
まつり「そうこなくっちゃ、なのです!」
まつりは不思議な子だとジュリアは思う。いやそれは〈不思議ちゃん〉ということじゃなく……芯が通っていて、言葉に力がある。
仲が良くなるに連れて、第一印象がどんどんと薄れていく。
いやしかし、ここまで緻密に計画を立ててやってきたつもりだった。それが全部おじゃんだ。
ジュリア「もう番組まで日がないから、ここからは工夫しないと間に合わないぜ」
まつり「望むところ……なのです!」
そう断言されてしまえば、とことん付き合うしかない。この摩訶不思議なコンビで突き進むしかない……ジュリアは覚悟を決める。
ジュリア「まあ、即席のデュオだけどな……」
ジュリアはひとりごち、デュオ結成の経緯を思い出す……。
- 56 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします[saga] 2016/09/26(月) 01:34:27.19 ID:28zoD9Qao
-
***
チハのライブで前座を務めた日の翌々日。
件の番組に出演するメンバー、ロコ、チハ、マツリ、そしてあたし……その四人が765プロの会議室に集められ、経緯が言い渡された。
P「持ち時間一人五分。自分の時間の内容案をそれぞれ練ってみてくれ」
唐突に課された宿題だった。それを考えるのがあんたの仕事じゃないのかと食ってかかってみるものの、
P「自分の魅力について考えてみるのも仕事だ。もちろんアドバイスはするけど原案ぐらいは出してほしい」
思わず「そうかい」と吐き捨ててしまう。チハも容易ではないと思ったのか、軽く眉をしかめるものの文句は口に出さず、
千早「禁止されている事はありますか?」
P「常識的な範囲なら問題ない。最終的なゴーサインは俺がだすけど、なるべくなら考えてもらった案をそのまま実現したい」
ロコの方に顔を向けると、目を輝かせてスケッチブックに何かを描いている。忘れないうちにアイデアを書き留めているのかもしれない。
マツリはプロデューサーの話へ真面目に耳を傾け、メモをとっている。〈姫〉にふさわしいかわいらしい丸文字だった。
それ以上特に質問は無く、あとは事務的な話……日程とか集合時間とか、そんな事柄を伝えられ、
打ち合わせはお開きとなった。各々の内容については適宜打ち合わせとのこと。
- 57 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします[saga] 2016/09/26(月) 01:35:39.67 ID:28zoD9Qao
-
会議室を出るなり、ロコは、
ロコ「これは、レボリューショナルなロコナイゼーションが必要ですね!チケットをクリアするために、ステークホルダーのコンセンサスが……」
などとブツブツ言い、走りだしてどこかへ行ってしまった。たまに会話に出てくる〈アトリエ〉とやらに行くようだ。
チハは荷物をまとめて、黙って外に出ていこうとするから、
ジュリア「チハもどっか行くのか?」
千早「ええ……一人になって考えてみるわ」
チハはそそくさと事務所を後にした。さて、あたしはどうしたものかと思案していると……
まつり「ジュリアちゃん……ね?」
ジュリア「さて、近くの公園でギターでも……」
まつり「ううっ……ひどいのです……。そんな事されたら、姫、激おこウップン丸なのです……」
げきおこうっぷんまる、なるものが一体何を示しているのか、プンプン丸じゃないのかとか、
ちょっと古くないかとか、そんなことはそれほど気にはならなかったので掘り下げないとして、
ジュリア「なんだ、マツリも内容を考えるの困ってるのか?自分の強烈な世界とか持ってるタイプだと思ってたけど」
- 58 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします[saga] 2016/09/26(月) 01:42:20.18 ID:28zoD9Qao
-
まつり「それはそうなのです……けど、まつりの考えが、テレビを見てくれる人に伝わらなかったら悲しいのです」
ジュリア「確かに、それはそうだな……」
マツリもなかなか強烈なキャラクターの持ち主だと考えていたけど、それを無理矢理視聴者に押し付けようとはしないのか。
だとするとあたしだって、まずは解ってもらう努力が必要なのかもしれない。
だけど、あたしは……アイドルとして中々わかりづらい。得意のギターは……かわいらしさの点では受けが悪いのかもとすら思っている。
ジュリア「なあ、マツリ、二人の時間……合わせて十分間にしてみないか」
まつり「ほ?それは……同盟を組むということなのですか?」
ジュリア「その通りだ。まつりが正面切って、あたしは横でギターを弾く……支える役の方が性に合ってるんだ」
『それがあたしの魅力だ』そう言い切ったものの、自問自答が続いた。自分の時間が貰えるのに前に出ない?それで本当に……良いのか?
- 59 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします[saga] 2016/09/26(月) 01:42:53.03 ID:28zoD9Qao
-
あたしの疑問を感じ取ったのかマツリは怪訝な表情を見せて、
まつり「……それでいいのです?」
ジュリア「ああ、パンクロッカーに二言はないぜ」
そう啖呵を切ったものの、どうにも心底では煮え切らなかった。
元々、誰かと組むという腹づもりではあった。そして、マツリと組むだろうという予感もあった。
四人の面子を知れば、マツリには申し訳ないが消去法的にそうなる。
ロコは完全に独自路線でついていけないだろうし、チハは相変わらず一人で自由にやるほうが力を発揮できそうだし……そうなると残るのはマツリだ。
人当たりも良いし、事務所での仲もそこそこ良い。あたしとキャラがかぶらない……。
この時は柄にもなくそんな悪知恵を働かせていた。後になって思い返せば、とんでもなく失礼な話だ。
結局のところ、あたしはアイドルとして人前に……それも全国ネットのテレビに出ることにブルってたんだ。
***
- 60 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします[saga] 2016/09/26(月) 01:44:19.01 ID:28zoD9Qao
-
結局、ジュリアはまつりに押し切られて二人が同じだけ目立てるようなパフォーマンス内容への変更が決まった。
まつり「ジュリアちゃん、まずはお洋服が必要なのです!」
ジュリア「おいおい、まずはプロデューサーに報告したほうが」
まつり「ほ?それもそうなのです。一旦事務所に戻れば、プロデューサーさんがきっと魔法の馬車をだしてくれるはずなのです」
ジュリア「……あの年季の入ったワゴン車のことか?」
- 61 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします[saga] 2016/09/26(月) 01:44:59.69 ID:28zoD9Qao
-
……
まつり「ということでプロデューサーさん、かくかくしかじか、なのです」
P「あー、かくかくしかじかね」
ジュリア「意味解ってんの?」
P「……わからん」
パソコンとにらめっこしていたプロデューサーを無理矢理引き剥がし、要件を伝えようとするもののこの調子だ。
小鳥「要するに……衣装を買いに行くから、費用なりなんなりをなんとかしてほしいってことよね?」
まつり「ほ?小鳥さん、魔法が使えるのですか?まつりの考えを読み取る高度な魔法なのです!」
小鳥「いやいや、私はまだ二十チョメチョメ歳だから魔法は使えなくて……じゃなくて!!」
P「音無さん?」
ジュリア「……大丈夫か?」
小鳥「うぅっ……大丈夫なんかじゃ……ありません!」
小鳥は涙を流しながら事務所の外へと消えてしまった。どこへ行ったのかはさっぱり不明。
- 62 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします[saga] 2016/09/26(月) 01:45:35.20 ID:28zoD9Qao
-
P「……気を取り直して。どんな衣装にするんだ?」
まつり「そこは、まつりにお任せなのです。プロデューサーさんには、仕立て屋さんまでのエスコートをお願いするのです」
P「はいよ。ジュリアはそれで納得してる?」
ジュリア「ああ、あたしが散々困らせたから、今更口を挟むなんてできないんでね」
P「それじゃ、ボロワゴンで行くぞー」
まつり「違います、かぼちゃの馬車です!」
ジュリア「もしかして、プロデューサーが馬車馬のように働いていることを皮肉った高度なジョークか……?」
P「こっちは少なくともお前たちのために頑張ってるんだがな……」
- 63 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします[saga] 2016/09/26(月) 01:46:15.54 ID:28zoD9Qao
-
……
ジュリア「それで、中野にいったいどんな衣装が……」
まつり「まつりが普段から通っているお洋服のお店なのです」
ジュリア「ああ……フリフリの……」
P「もしかして、あそこか」
ジュリア「知ってるのか?」
P「昔、衣装を買いに来たことがある。あそこだろ、ブロードウェイの」
そういうプロデューサーの表情はどこか寂しげだった。過ぎてしまった時間を懐かしむような……。
しかし、その原因はジュリアにはさっぱり見当がつかなかった。
- 64 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします[saga] 2016/09/26(月) 01:46:55.36 ID:28zoD9Qao
-
プロデューサーの言葉を聞いてまつりは目を輝かせる。
まつり「その通りなのです!流石はプロデューサーさんです!」
交差点を渡り、早稲田通り側からブロードウェイに入る。平日の昼間、人はまばら。
ジュリア「有名な施設だっていうのは知ってたけど」
P「サブカルの店が多いんだ。ジュリアが好きそうな店もあるぞ。
ミュージシャンの昔のライブパンフやら音楽雑誌のバックナンバーが沢山置いてる店とか。特定のジャンルばっかり置いたレコード店とか」
ジュリア「確かに興味あるな」
まつりが先陣を切って、不可思議なカオス空間を突っ切って行く。一階からエスカレーターで一気に三階へ。
ジュリア「おもちゃの店が多いんだな」
P「……フィギュアってやつだな」
ジュリア「ああ、それそれ。ごめん、全然疎くってさ」
- 65 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします[saga] 2016/09/26(月) 01:47:23.34 ID:28zoD9Qao
-
まつり「まつりは、あのお人形さんが欲しいのです」
三階から階段を上って四階へ。するとすぐにドールの専門店が現れ、まつりが指差す。
P「気をつけた方がいいぞ、あのジャンルは沼らしいから」
まつり「ずぶずぶ底なしなのですね……」
ジュリア「二人の話がさっぱり解らない……」
- 66 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします[saga] 2016/09/26(月) 01:49:14.03 ID:28zoD9Qao
-
……
まつり「まだ上なのです」
まつりは視線を上げ、四階から更に上へと続く階段を見上げる。
ジュリア「……でも階段はフェンスで塞がれているからこれ以上上がれないだろ。『居住区につき立ち入り禁止』って書いてあるし」
P「特に気にしてなかったけど、アポはとってるよな?」
まつり「もちろんなのです」
P「待ち合わせ時間は?」
まつり「ちょうど今、なのです」
まつりがそう言った瞬間、上階への階段を阻んでいた可動式のフェンスが横へと開いていく。内側から誰かが開けたようで、その人物が現れる。
- 67 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします[saga] 2016/09/26(月) 01:49:51.03 ID:28zoD9Qao
-
ヨド子「あら、いらっしゃい。プロデューサーさんもいらしたんですねぇ」
P「ご無沙汰してます」
ジュリア(なあ、プロデューサー、この妙なファッションの人は……)
P(店長兼デザイナーだよ。昔は、BKマニアックっつーギョーカイの一部で有名な店で手伝いをしてたんだけどな)
ジュリア(どうりで……その手の人っぽいもんな)
まつり「お邪魔しますなのです!」
まつりはそう言って階段を駆け上る。プロデューサーとジュリアもヨド子の後に続いて、お店へと向かう。
- 68 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします[saga] 2016/09/26(月) 01:50:29.34 ID:28zoD9Qao
-
……
居住区の中に一つだけ装飾の施された目立つ扉があった。その扉を開け中に入る。
ジュリア「うーん、フリフリ……」
店の中央に配置されているマネキンが着ているのは、たくさんのフリルがあしらわれた衣装だった。
基調が白だったり黒だったり、はたまたピンクだったり。
そういうのがロリータファッションのスタンダードなんだろうとジュリアは店内を見て察する。
しかし、中にはビビッドな色使いの代物もあったりして、それはあの店長独自のコーディネートなのだろう。
また、衣服だけではなく、カチューシャや手袋などの小物が丁寧に陳列されていた。
ヨド子「さて、今日はどういったご用件なのぉ、まつりちゃん?」
まつり「きらきらでふわふわで……かわいくって……」
ジュリア「……それじゃいつもと同じじゃないか?」
まつり「そうなのです。だから、今度はジュリアちゃんと一緒だから、いつもと違うのがいいのです。プロデューサーさん、何かいいアイデアありませんか?」
P「そうだな……例えば、いつもと違う色合いにするとか」
ジュリア「マツリは……黒っぽいのとか?意外性狙いで」
まつり「いただきなのです!じゃあ、ジュリアちゃんは真っ白……純白なのです」
ジュリア「うーん……白か……抵抗はあるけど、こうなりゃ挑戦あるのみだ!」
- 69 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします[saga] 2016/09/26(月) 01:51:02.34 ID:28zoD9Qao
-
P「よし、じゃあ、試着させてもらうか。すいません、いい感じのを見繕ってもらえますか?」
プロデューサーがヨド子に声をかけると、メジャーを手にしてジュリアとまつりに迫る。
ヨド子「じゃあ、測っていきますよぉ」
ジュリアは二の腕にメジャーをぐるりと当てられ、
ジュリア「……そんな所も測るの?」
ヨド子はコクリと頷く。
P「ステージ衣装だから、キツ目にお願いします」
ジュリア「……あのさ」
P「ん?」
ジュリア「一応さ、デリケートな話だからさ……」
P「はあ」
ジュリア「……そんなジロジロ眺めんなっつってんだよー!!」
ヨド子は笑い、プロデューサーがそそくさと退散する。
- 70 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします[saga] 2016/09/26(月) 01:54:02.81 ID:28zoD9Qao
-
……
まつり「プロデューサーさん、入ってくださいなのですー!」
まつりが店の外へと届くように声をかける。プロデューサーは中に入るなり、
P「おお、すげーな。一気にビジュアル系っぽくなった」
まつりは黒が基調の衣装。ゴシックの成分が強く、角張ったラインが多い。
それでもまつりの元々持っている雰囲気も取り入れて、丸いラインで構成され幾重にもなったレースのスカートが印象的だった。
P「まつりは思ったより意外な印象だな。それでいて元々持っているモノを崩してないというか」
まつり「ありがとう……なのです」
プロデューサーは視線をジュリアの方に向ける。
ジュリア「後生だ、見ないでくれ……!」
P「全国に流れるってのに、そんな弱気になってる暇あるかっての」
- 71 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします[saga] 2016/09/26(月) 01:55:02.48 ID:28zoD9Qao
-
ジュリアの衣装で最も目立つのは頭だった。元々の赤髪に純白のヘッドドレス、フリルとリボンの密度が高い。
そこから目線を下ろしても、ずっと白が続く。ジュリアへの嫌がらせかと思うぐらいに重ねられた白い生地が眩しかった。
ジュリア「いや、だってさ……こんなのらしくないじゃん?」
ジュリアは頬を赤らめて言う。
P「いや、本当に似合ってるって。ねえヨド子さん?」
ヨド子「ええ、とってもお似合いですよぉ。私、頑張っちゃいましたからぁ」
まつり「ジュリアちゃん、サイコーにかわいいのです!」
ジュリアは頭を抱えて、
ジュリア「うわ、もう、なんか痒い!痒いけど、服が厚くてかけない!」
まつり「我慢、なのです。修行なのです。こんなので音を上げたら、ステージに立てないのです……ね?」
ジュリア「今だって汗かきそうなのに、これで照明浴びたらどうなるんだ……」
- 72 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします[saga] 2016/09/26(月) 01:56:05.00 ID:28zoD9Qao
-
P「脇に冷えピタでも貼ったら?太い血管があるから全身が冷えるらしいぞ」
ジュリア「またそういうデリカシーの欠片もないことを……」
P「まあ、ジュリアを見た人はきっと喜んでくれると思うぞ」
ジュリア「人を乗せようとしてるんだろ?」
P「否定はしないがな、自分を乗せることだってこの仕事では重要だな」
ジュリア「そうだろうけどさ……」
P「それに、似合ってるのは事実だ」
ジュリア「……っ!ばっか!」
P「……やっぱり、フライングV持つ?」
ジュリア「だからそりゃあんたの趣味だろ……」
- 73 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします[saga] 2016/09/26(月) 01:56:47.04 ID:28zoD9Qao
-
……
ジュリアは、鎧のごとく重く厚い服を外して普段のボトムとTシャツに戻る。
ジュリア(身体の感覚がしっくりきて心まで落ち着くな)
ジュリア「……ありゃ人前に出る時しか着ないからな。なんなら今回の話で、これっきりだ」
P「つれないなあ」
まつり「ジュリアちゃんも、フリフリの才能があるのです」
才能ってなんだよとジュリアは心の中でつっこむ。
しかし、先程から二人の熱烈な賛辞を貰っているものだから、本気にしてしまいそうだった。思わず頬をかく。
P「んじゃちょっと契約してくるよ」
プロデューサーはレジに向かい、ヨド子とビジネスの会話を始める。
ジュリア「……あれは」
レジの後ろの壁、ヨド子の頭上、額縁に入った写真が飾られている。
まつり「あれは春香ちゃんなのです」
- 74 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします[saga] 2016/09/26(月) 02:00:46.98 ID:28zoD9Qao
-
生ける伝説のアイドル、天海春香。黒と赤の妖しげなパンク調の衣装を身にまとい、
マイクスタンドを構え、大胆不敵にカメラに向かって挑発するような表情を見せている。
まつり「確か、この衣装のステージから春香ちゃんの爆発が始まったのです」
ジュリア「でも、なんでその写真が?」
店員「この衣装……パンキッシュゴシックは私のセンセイがデザインしたんですよぉ」
ジュリア「ああ、それでか……」
もう一度写真を眺める。右下には、『あまみはるか』のサイン。
P「そうだ、歌は決まったのか?」
ジュリア「それが、まだだ。最初はあたしが作編曲しようとしてたんだけど、この衣装に合うような曲じゃないな」
まつり「お衣装に気を取られて、何を唄うのかをすっかり忘れていました……大ピンチなのです……」
- 75 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします[saga] 2016/09/26(月) 02:01:17.85 ID:28zoD9Qao
-
P「そうか……じゃあ、『I Want』はどうだ?」
まつり「この衣装のときの春香ちゃんの曲ですか!?」
P「二人に合うと思うんだが、どうだ?ギターも行けるだろうし」
ジュリア「あたしは聴いたことないから、すぐには頷けないな」
プロデューサーはヨド子の方を向き、
P「ちょっと曲を流してもらえますか?ありますよね」
ヨド子は頷き、レジ下のノートパソコンを操作する。
数秒して、店内のBGM――厳かなクラシックが止み、件の『I Want』が始まる。
イントロのギターリフに、天海春香の蠱惑的な歌声が乗り、過激で鮮烈な音と歌詞が展開していく。
- 76 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします[saga] 2016/09/26(月) 02:01:53.70 ID:28zoD9Qao
-
ジュリア「とてもじゃないけど、〈アイドル歌謡〉なんてもんじゃないな……もちろん褒め言葉だけどさ」
P「それで、どうだこの曲を唄うのは」
まつり「もちろん、オーケーなのです!」
ジュリア「あたしも賛成だ。だけどさ、色々あるんじゃないの?大人の事情とかさ……」
P「権利関係か?それなら、この曲はうちに権利がある」
ジュリア「……なんで?天海春香は765プロ所属じゃないだろ」
P「そこは……企業秘密かな」
ジュリア「なんかもったいぶっちゃって、感じわりーぜ」
P「それこそ大人の事情があるんだよ、守秘義務とか」
ジュリア「初めて会った時から胡散臭いとは思ってたけど、また一段と胡散臭く……」
プロデューサーはハハハと笑うものの、明らかに誤魔化しきれていない。
まつりはそんなこと気にしていないのか、流れている『I Want』に振りをつけている。
もとからついているダンスなのかジュリアには見当がつかなかったが。
- 80 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします[saga] 2016/09/26(月) 10:46:29.48 ID:28zoD9Qao
-
……
控室には四人のアイドルが居た。いずれも個性豊かで才気あふれる、輝かしい者たち……のはずだが、
千早「プロデューサー」
P「なんだ?」
千早「一人で集中したいのですが」
P「だめだ、場所がない。そんなところはトイレぐらいだ」
千早「ではトイレに……」
P「トイレで唄うのは禁止だぞ」
千早「では一体どこで」
P「あれだけ練習しただろ、千早なら大丈夫だ」
千早「そうかもしれませんが……」
そこそこ大人数の前で堂々とこなしていた千早でも、全国ネットで流れる番組の収録では勝手が違うらしい。
衣装は動きやすいようにと、いつものピンクダイヤモンドだった。
- 81 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします[saga] 2016/09/26(月) 10:47:11.00 ID:28zoD9Qao
-
まつり「ジュリアちゃん、準備は?」
ジュリア「ああ、バッチリだぜ」
対してまつり・ジュリアコンビ、準備は万全なのか憂いや緊張は皆無のようだった。
ただ、準備期間が短くなってしまったのがどう影響するのかが未知数ではあった。
まつりは黒が基調のフリフリゴシック。ジュリアはそれと対を成す白のロリータ衣装。
P「なあ、ロコ……その格好は」
ロコ「白装束です」
P「姿を消していた間に何があったのか知らんが……その鞘は?」
ロコ「ロコのスピリットを打ち込んだ……刀です」
P「……もう、よくわからんから本番で話を聞くよ。もらったVは一応チェックしてスタッフに渡したから」
ロコ「ありがとうございます!ロコのワークスを余すところ無く収めたドキュメンタリービデオですから」
- 82 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします[saga] 2016/09/26(月) 10:48:16.89 ID:28zoD9Qao
-
控室のドアが空き、スタッフが顔を覗かせスタジオの方へと呼びこむ。
千早の視線は遥か彼方を捉えていた。声を出さずに口を動かし唄う。
ロコが腰を上げると、鞘と剣がこすれ合う金属の音が響く。
ジュリアはギターを抱え、まつりははいほー!と声をあげる。
プロデューサーは気づかされる。意図せず集めたこの四人は、765の面々でも特に自分の世界観が確立している。
彼女たちは盲目的ですらある。だからこそ、番組が面白くなる確信があった。
四人は、自分自身の世界をぶつけあうべく、世の中に問うべく、舞台へと向かう……。
- 83 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします[saga] 2016/09/26(月) 10:48:55.88 ID:28zoD9Qao
-
……
ロコ『現在ロコは北陸のあるワークショップに……』
ロコがプロデューサーに手渡したビデオがスタジオに流れる。
どうやら、これから日本刀の製作にとりかかるらしい。ロコのまわりには小槌や火箸など必要な道具が広げられている。
『おい、ロコ!横文字使うんじゃねえ!ここは鍛冶場だ!』
ロコ『はっはい!親方!すいません!』
背後から聞こえる怒声の主である親方とやらの姿は見えないのに、ロコはピンと背を伸ばし、
ロコ『親方に怒られてばっかりです……でもロコはネバーギブアップですから!』
そう言ってロコは木炭で熱した鉄塊を炉から引きずり出す。
ロコ『今から行うのは火造りと呼ばれるプロセスです』
高温で赤々とした金属をロコが叩き始める。打ち付ける度に金属がぶつかり合う音が響く。
カーン、カーン、カーン……次第に映像がブラックアウト……。
- 84 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします[saga] 2016/09/26(月) 10:49:23.28 ID:28zoD9Qao
-
……
ロコ「ということです。タイムスケジュールの都合で全てを見せられなくて残念です」
司会「……はあ」
ロコ「ロコのアーティスティックでイモータルなエッセンスを存分に練り込んだ、妖刀ムラマサです!」
ロコは鞘から剣を抜く。蛍光ピンクのギラギラとした刀身と特徴的な刃紋が目を惹く。
千早「……これが日本刀?」
ロコ「正確に言えば、イリーガルなことをするわけにはいきませんから、物を切ることができません。本当は作製するのにガバメントのライセンスが必要です。テレビの前のみんなは真似しないでください」
ジュリア「真似できるかよ!」
司会「ええと、プログラムによりますと、この後ロコちゃんには剣舞を行っていただきます」
ジュリア「……大丈夫か、この番組?」
まつり「行き先が不安なのです……」
- 85 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします[saga] 2016/09/26(月) 10:56:56.70 ID:28zoD9Qao
-
スタジオのセットにはこれまたビビッドで奇妙な形のオブジェが大量に並んでいる。
ロコ「ここはロコだけのイマジナリースペース……刀と一体化したロコのインナーユニバース……」
BGMが流れる。荒々しくも静と動を内包した〈禅〉の響き。
千早「海童道祖の法竹ね。法竹は特殊な尺八といったらわかりやすいかも」
ジュリア「よく知ってんなチハは……」
まつり「あっ、ロコちゃんが剣を振り始めたのです!」
ロコは袈裟斬りの要領でピンクの得物を振り下ろす。照明が反射してギラリとスタジオに光が駆け抜ける。
返す刀で一歩踏み込み、正面のエメラルドグリーンの異形のオブジェを叩き割る。
ガラスの割れる音。飛び散る破片に差し込む光が乱反射する。静と動、破壊と創造……。
ロコは再び鞘に剣を戻す。すると天井から、木の葉が三枚ふわりと降りてくる。
ロコは目を瞑る。スタジオは一瞬の静寂に包まれ、固唾を呑んで見守る。
辺りを完全な沈黙が包んだ頃合いに、葉はロコの手が届きそうな位置まで降りていた。
- 86 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします[saga] 2016/09/26(月) 10:57:57.99 ID:28zoD9Qao
-
ロコ「ハッ!」
目を見開いたロコは剣を振るう。神速の軌跡が三本描かれたかと思うと、木の葉は散り散りになり地面に着地した。
落ちた木の葉は十二枚に分割されていた。計算が合わない。
ジュリア「……切れないんじゃなかったのか?」
まつり「ブラボー!なのです!」
呆気にとられていた司会とジュリアと千早は、マツリの歓声に気づきロコへと拍手を送る。
司会「ありがとうございましたー、ロコちゃんでした。いやー凄い迫力でしたね」
司会はそう言ってこの場を締めようとしているが、ロコはまだ刀を構えて緊張を解こうとしなかった。
その瞳をよく見ると、
ジュリア「あれ、ロコ、カラコンなんてしてたっけ」
千早「控室ではしてなかったと思うけど……」
まつり「瞳がピンクに光ってキレイなのです」
- 87 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします[saga] 2016/09/26(月) 10:59:23.15 ID:28zoD9Qao
-
不意にロコの元へボールが放られる。白い地に赤い糸で縫い目が付けられたボールだった。
千早「……野球の硬球?」
ボールがロコの間合いに入ると、
ロコ「ヤッ!」
ロコは再び閃光を走らせ、ボールは真っ二つに。そして、ロコの瞳は更に輝きを増し怪しげな雰囲気を帯びる。
ジュリア「なんかマズくないか?」
ジュリアの予感の直後、剣先の逆側からプロデューサーが一気にロコへと距離を詰めて、額を小突く。
その瞬間、ロコの纏っていた力場のようなものが霧散して、
P「……時間」
ロコ「あっ、わっ……こ、これは……アディショナルタイムです!」
P「ロスしたのは収録の時間だ!」
ロコ「ご、ごめんなさいぃ!」
激怒したプロデューサーはロコを引っ張っていく。既定の時間から数分が過ぎていた。
- 88 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします[saga] 2016/09/26(月) 11:00:27.02 ID:28zoD9Qao
-
司会「……今のは編集ですね」
千早「プロデューサーってあんな怒り方するのね」
まつり「怖くてぶるぶるなのです……」
ジュリア「うーん……あの刀、本当に妖刀じゃ……」
ジュリア(あの空恐ろしさは只事じゃなかったぜ。プロデューサーが現れなかったらどうなったことやら)
ジュリア「というか、やっぱり只者じゃないな……」
- 89 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします[saga] 2016/09/26(月) 11:01:06.00 ID:28zoD9Qao
-
……
「やってしまった」……ロコは後悔していた。
自分の世界観を表現できていた……そう思っていた。
時間を過ぎてしまったのはきっと些細なこと。プロデューサーも許してはくれたし……。
でもその後スタジオに戻って、インタビューを撮影したときに、
司会者『ロコちゃんは、なんだろう、刀系アイドル?』
そう問われたときに、伝わってなかったのだと、気づいてしまった。
ロコ『違います!ロコは、総合的なアーテイストなんです』
おどけて、明るく、そう言い放った。今の言葉は伝わっていると、いいんだけど。
- 90 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします[saga] 2016/09/26(月) 11:11:02.94 ID:28zoD9Qao
-
……
千早「伴田さん、お疲れ様」
そういって、千早はステージに向かった。
ロコ(鋭く集中した表情は、きっと、ロコの打った思念の刀よりも切れ味の良い……)
P「ロコ」
ロコ「あっ、プロデューサー……もう怒ってませんか……?」
P「一度言えば解ってもらえる、ぐらいには信用している」
ロコ「……はいっ!」
P「次は千早の番だから、よく見とけよ。ジュリアもまつりも」
ジュリア「あったりまえだろ」
まつり「了解なのです!」
千早はステージの正面で立ち止まり堂々とカメラに目線を向ける。
司会「ええと、次は人気急上昇中の如月千早ちゃんです」
千早「如月、千早です。私には歌しかありませんから、やっぱりここでも唄わせていただきます」
司会「では、お願いします。千早ちゃんでL・O・B・Mです、どうぞー」
- 91 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします[saga] 2016/09/26(月) 11:12:21.44 ID:28zoD9Qao
-
オケが流れて、千早の表情が曲調に合わせて和らぐ。
ジュリア「……意外な選曲だな」
まつり「千早ちゃんのかわいい顔、珍しいのです」
P「なかなかの言い草だな。千早だって笑顔になれないわけじゃないぞ」
ジュリア「これはアンタのアドバイスなのか?」
P「そうだな、相当悩んでたから」
ジュリア「ふーん……」
P「挑戦してみろってことなんだ」
まつり「新しいことに……なのです?」
P「それもあるけど……前提がある。伝わるような努力をしたほうがいいんじゃないかと教えたんだよ」
- 92 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします[saga] 2016/09/26(月) 11:13:09.43 ID:28zoD9Qao
-
ロコ「……やっぱり、ロコのは」
P「さっきの内容が悪いわけじゃない。けど、誰に向けているのかは重要だ」
ロコ「難しすぎたんでしょうか」
P「そうかもな。でも見てくれている人はきっといる」
ジュリア(少なくともそう思わないと救いようがないぜ……)
千早がオケに合わせて声を出し、唄い始める。
まつり「朗らかで……こっちまで楽しくなってくるのです!」
ジュリア「あんな楽しそうに……いつの間にこんな雰囲気をだせるようになったんだ?」
- 93 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします[saga] 2016/09/26(月) 11:13:45.98 ID:28zoD9Qao
-
プロデューサーは険しい表情で千早を見つめる。その行く末を見極めるように。
はたまた、ロコのように何か事が起こったらすぐに止められるように。
その視線の意図にジュリアは気づいて、
ジュリア「……そうやって皆のことを見てるんだな」
P「危ういやつばっかりだからな」
ジュリア「……あたしも?」
ジュリア(その問いかけにあたしはどんな答えを望んでいたんだろう……プロデューサーは答えてくれなかった)
- 94 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします[saga] 2016/09/26(月) 11:14:33.96 ID:28zoD9Qao
-
ジュリア(チハの歌はラスサビに入る。うっとりするような世界を……か)
千早はにこやかな表情を崩さず唄い切る。綺麗なお辞儀をして、撮影セットから去る。
司会「ありがとうございましたー!如月千早ちゃんでした!」
千早「プロデューサー、どう……でしたか?」
P「ああ、しっかり作れていたよ」
ロコ「自分のワールド……ですか?」
千早「ええ……ある意味そうかも」
ジュリア「……表情だろ、作ってたのは」
千早「……その通りね」
ジュリア「なんだよ、思った通りに唄うんじゃないのかよ」
千早「思った通りに唄ったわ。私が思った通り……あの表情が曲に対して正しいわ」
ジュリア「でも……心からそう感じていないと意味ないだろ」
まつり「さっきのは……作り笑いだったのです?」
- 95 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします[saga] 2016/09/26(月) 11:15:56.88 ID:28zoD9Qao
-
P「まずは形から入った方がいいってアドバイスしてくれたのは莉緒とこのみさんなんだ」
ジュリア「それでいいのかよ?」
P「曲に相応しい表情が想像できるだけで、それは心で感じているってことで……それでいいじゃないか」
そのやり取りをみていたロコは「うーん」と唸る。
ロコ「……なんだかディフィカルトに捉えすぎではないでしょうか?とりあえずはお客さんにそう見えればいいのではないでしょうか」
P「そうだロコ、一番大切なのは見ている人に伝わることだ」
ロコ「……ああ!なんだかやっと解りました……」
千早「伴田さん、一体なにが解ったの?」
ロコ「ロコのステージは……見てくれる人に、ロコの意図したことが伝わりづらかったのかもしれません、ほんの少しだけ」
ジュリア(……少し?)
- 96 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします[saga] 2016/09/26(月) 11:16:30.27 ID:28zoD9Qao
-
ロコ「チハヤは伝わって欲しいという願いをこめて、アクションのプライオリティを決めたんですね」
千早「……あの、よくわからないのだけど」
ロコ「つまり、今日のチハヤは歌だけじゃなくて、ステージに臨む姿勢もワンダフルだったんですね!」
まつり「わーお!びゅーてぃほーなのです!」
虚を突かれたような褒め方をされたからか、千早は頬を赤らめている。
P「偉いぞ千早ちゃん」
千早「ちょっと、変な呼び方しないでください!」
千早がむくれている間に、機材のセットが完了したようだった。スタッフがスタンバイの合図を出す。
P「さて、まつり、ジュリア、出番だぞ」
ジュリア「……よし、ついにこの時が」
まつり「ジュリアちゃん、ここは華麗にカッコよく決めてしまうのです」
- 97 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします[saga] 2016/09/26(月) 11:17:09.34 ID:28zoD9Qao
-
……
暗いセットの真ん中に二人の影と二本のマイクスタンド。
ギターを持ったジュリアの後ろにはギターアンプの壁。
光が灯り、二人がカメラの映像に現れる。
正面のスタッフが指でカウントする、三、二、一……
ジュリアが腕を振り下ろし、リフを奏でる。
まつり《ワン・ツー・スリー》
ジュリア・まつり《ヴァイ!!!》
- 98 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします[saga] 2016/09/26(月) 11:17:55.39 ID:28zoD9Qao
-
千早(当初の予定では、ジュリアの作った曲を演奏すると聞いていたけど)
まつりがメインボーカル。ジュリアはギターをメインにコーラス程度で……。
ところが今、二人は肩を並べ、正面を切って唄っている。
まつりとジュリアの妖しげな表情。この曲での春香の豹変ぶりをありありと感じるかのよう……。
- 99 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします[saga] 2016/09/26(月) 11:18:30.65 ID:28zoD9Qao
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P「千早……」
千早「なんでしょうか?」
P「唄っている時より楽しそうだぞ」
千早(春香の曲……だから?)
春香の表現にいつも憧れていた。自分を固めずに、何にだって成りきれる姿に感嘆を抱かない日はなかった。
千早(でも私はダメみたい)
自分以外の何かに成ることは難しかった。それに、本気でそのものに成れば、もう元の自分には戻れないような予感がした。
千早(この曲調でも春香は、春香のままだった)
いつもそう。メディアに見せる姿は、春香以外の何かで、同時に春香であって……
千早(それこそが才能……私の歌なんて目じゃないぐらいの……)
- 100 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします[saga] 2016/09/26(月) 11:19:24.32 ID:28zoD9Qao
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ジュリアのギターソロ。彼女なりのアレンジを加えながら、華麗に一回転してみせる。
白いレースとフリルのスカートが遠心力で浮き上がる。
こういう番組はあてぶりが多いけど、今回は生演奏にこだわるんだ、なんて言ってたかしら。
カメラがまつりを煽りで捉える。
まつりは歌の世界に入り切っており、威圧的でありながら艶やかな表情を見せる。黒地の手袋で自分の唇をなぞる。
千早(徳川さんも、きっと春香みたいに、成り切れるタイプ……)
普段のふわふわとした雰囲気がアイドル・徳川まつりだとしたら、一体今の表情は何になるのだろうか。
いや、と千早は思い直す。今だって、まつりそのものだろう。人は誰しも場面によって自分を演じ分けているはずだ。
千早(じゃあ私は……一体何を演じているの?)
心のなかで、私は〈如月千早〉であろうとしているのかもしれない。
- 101 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします[saga] 2016/09/26(月) 11:20:10.56 ID:28zoD9Qao
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オケが止み、まつりとジュリアは決めポーズをとる。
司会「はい、ありがとうございます!思わず跪きたくなる雰囲気は本家顔負けでした」
司会「いやはや、アイドルだけに括るのは勿体無い皆さんでした。さて、ここで再び四人に登場してもらいましょう!どうぞ!」
四人がそれぞれの収録の姿のままカメラ前に並ぶ。
司会「それぞれ一言いただきたいと思います……まず、ロコちゃんから」
ロコ「ロコです!今日お見せしたのは、想い溢れるロコイズムの一端で……
これからもっともっとロコの表現を皆さんににお見せして……ロコの事を知ってもらいたいです!」
千早「如月千早です。前から私を知ってくださっている皆さんには意外な一面をお見せできたと思います。
でも、私はいつだって全力です。そして今日、初めて知っていただいた方、
もし気に入っていただければ、私の他の歌も聴いていただけると幸いです」
まつり「徳川まつりなのです。まつりとジュリアちゃんの歌、気に入ってくれましたかー?
わんだほーでびゅーてぃほーな空気を感じてくれたら、きっとまつりとお友達になれるのです!
今日はありがとうございました!」
ジュリア「ジュリアだ!心を震わせられるようにって考えながらずっとやってきた。
そうじゃないならあたしに価値はない、そういう意気でやってる。もし届いていたら……ありがとな」
司会「四人から挨拶いただいたところで、今回はお開きです。それではまた来週!」
- 102 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします[saga] 2016/09/26(月) 11:27:00.89 ID:28zoD9Qao
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……
司会『それではまた来週!』
数日後、765プロの休憩スペースで、四人が出演したテレビ番組の上映会が行われた。
テレビを取り囲むのは三人のアイドルと一人の事務員だった。
風花「ちょっと、小鳥さん、鼻血でてますよ!?」
小鳥「ふ、ふふふ……、やっぱりうちの子達は最高ね……」
伊織「うちの子って、まるでアンタの娘みたいな言い草ね」
小鳥「ちょっと、流石にまだそんな歳じゃないわよ!?」
麗花「なんだか、みんな凄いですね~」
伊織「そりゃ、うちでも屈指の実力者を集めてるんだろうから当然でしょ……この伊織ちゃんが選ばれなかったのは、ぜんっぜん納得行ってないけど」
麗花「そういう基準で選びましたか、プロデューサーさん?」
麗花はデスクの方に顔を向けてプロデューサーに問いかける。
- 103 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします[saga] 2016/09/26(月) 11:27:29.28 ID:28zoD9Qao
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P「先方の意向とかそういうのも勘案してだ。だから色々偏ってるんだな。本当なら風花を入れたかったが」
風花「あの……それは一体どういう意図で……」
P「……バランスをとるため」
風花「いったい何のバランスなんですか!?」
伊織「千早に聞かれたらきっと刺されるわよ、あんた……」
小鳥「ところで、プロデューサーさん、反響とかどうだったんですか?」
P「視聴率は深夜帯にしてはかなりよかったです。内容についても、懸賞付きのアンケートとったので、たくさん感想をもらえましたよ」
麗花「それでそれで、どんな感想があったんですか?」
- 104 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします[saga] 2016/09/26(月) 11:28:06.84 ID:28zoD9Qao
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P「そうだな、気になったのを……、はい伊織、これ読んでくれ」
伊織「私が読むの?しょうがないわね……」
伊織『千早ちゃんの歌、すごく良かったです。楽しい印象の歌だったのに、なんだか聴いてるだけで涙が出てきちゃいました。これからも応援します』
伊織「良い感想じゃないの」
P「概ね同意するけど、なんか引っかからないか?」
麗花「楽しいのに涙がでる……玉ねぎ?」
風花「それは関係ないと思うけど……」
- 105 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします[saga] 2016/09/26(月) 11:28:48.00 ID:28zoD9Qao
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P「まあいいや、つぎ、これ」
伊織『まつりちゃんとジュリアちゃん、超カッコ良かったです!それでいて可愛くって、二人の歌とダンスと服装と、あとギター……すごく憧れちゃいます』
伊織「これは女の子からよ」
麗花「確かに、あの二人の真似はできないですね……」
風花「私も、この子と同じ意見です!もうかっこ良すぎて……」
小鳥「色々と大変だったんですよ、準備が……資金的にも」
P「そこは大丈夫ですから……チャンスに突っ込んでいかないと、持ち腐れちゃいますから……社長の承認もらいましたし」
麗花「大人の話をしてますね?私知ーらないっと♪」
- 106 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします[saga] 2016/09/26(月) 11:29:40.79 ID:28zoD9Qao
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P「そうそう、知らなくていい。さて、次にこれ読んでくれ」
伊織『ロコちゃん、なんだかよくわからなかったけどすごかったです』
P「……これも」
伊織『ロコちゃん、高度すぎました!』
風花「……なんだか見てる人には難しかったみたいですね」
麗花「えっ……私は全然わからなかったです!」
伊織「誇らしげに言わないでよそういうこと……」
P「否定的な感想は少なかったけど、どう捉えたら良いのやらって皆が思っているらしい」
小鳥「あの、このことはロコちゃんに話しちゃったんですか?」
P「ええ、話しました」
風花「……素直に伝えるべきことだったんでしょうか」
伊織「私は、伝えるべきだと思うわ。それを見つめないとぬるま湯の中でいつまでも成長できない……」
麗花「でも、ロコちゃんの意図を解ってくれる人もきっと居ると思います」
P「そうならいいけどな……」
- 107 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします[saga] 2016/09/26(月) 11:30:27.72 ID:28zoD9Qao
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プロデューサーが呆けていると、唐突に来客を知らせるチャイムが鳴った。小鳥が玄関に向かい、荷物を持って戻ってきた。
小鳥「ロコちゃんに宅配便です。多分、ファンの方からだと思います」
P「確認してみます……送ってくれたのは……なんか見たことある名前だな」
伊織「空けてみなさいよ。荷物チェック必要でしょ」
P「ああ、そうだな……」
風花「なんでしょうこの妖しげなオブジェは……」
麗花「謎のオーラを纏った……ハニワでしょうか?」
P「この送り主の名前……!そうだ……すいません音無さん、ちょっとロコの所行ってきます」
小鳥「どうしたんですか、急に?」
P「これはすぐに届ける必要がありそうですから!」
- 108 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします[saga] 2016/09/26(月) 11:31:20.18 ID:28zoD9Qao
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……
日の当たる屋内、ロコのアトリエ、郊外のアトリウムの一画。
ロコは番組出演前からとりかかっていた作品を完成させるべく、無言で筆を走らせる。
脇ではピンクの日本刀が陽光を反射して妖しく輝いていた。
しかし、番組最中の異様な邪気はもう放たれてはいなかった。
ロコ「プロデューサーから聞いた話だと、やっぱり私のアートは……」
暗い気持ちがロコを包み込んでしまう。思わず筆を止め、頭を抱える。ステージが解りづらかった、というのは自覚できていたものの……。
ロコ「それでも……」
ロコ(本当に、誰も……わかってくれなかったんでしょうか)
ロコ(だったら、ロコがやってきたことの意味は……)
ロコ「……孤独です」
- 109 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします[saga] 2016/09/26(月) 11:31:52.06 ID:28zoD9Qao
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不意にパーティションのドアが開いて、ロコは沈痛な面持ちを取り繕う。
P「おーい、ロコ、進んでるかー」
ロコ「プロデューサー……進んでますけど、まだ時間がかかりそうです」
P「おお、そうか……。ところで、プレゼントが来てたんだ、初めてだろ?」
ロコ「ほ、本当ですか!?」
P「ほら、一緒に入ってた封筒……とりあえず中身読んでみ」
プロデューサーはロコに封筒を手渡す。きっとロコの事を思って選んだのであろう、珍しい柄の封筒と便箋だった。
ロコ「センス抜群の人ですね、きっと」
- 110 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします[saga] 2016/09/26(月) 11:32:48.61 ID:28zoD9Qao
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ロコちゃんへ
初めてお手紙書きます。ファンレターなんて書いたことが無いものだから、変な文章になったらごめんなさい。
先日の番組、拝見させていただきました。現代的な色彩感覚と日本古来の刀剣との融合、お見事でした。
それにロコちゃんの剣舞も混ざって、誰にも真似できない表現になっていましたね。
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- 111 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします[saga] 2016/09/26(月) 11:33:31.25 ID:28zoD9Qao
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その手紙は番組で披露したロコの〈芸術作品〉への講評だった。八枚の便箋をロコはあっという間に読み終える。
ロコ「うぅ、うっ……」
ロコの瞳からは静かに涙が滴っていた。
P「……報われたな」
ロコ「この人、こんなにロコの意図を汲みとってくれて……感激です……」
P「そうだな、本当に良かった……。ところでさ、差出人の名前……見たことないか」
ロコ「!!……こっ、この人の個展、前に行きました!プロデューサーが券をくれた……」
P「上野でやってたやつだろ?女性画家だっけか」
ロコ「……」
P「……どうしたんだへたり込んで」
ロコ「なんだか、よくわからないですけど……体の力抜けちゃいました」
P「そうか……ともかく、これでもっと頑張れるだろ」
ロコ「もちろんです!」
P「……だけど一つ忠告がある」
ロコ「何ですか?」
P「カタカナ語、忘れてるぞ……」
- 112 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします[saga] 2016/09/26(月) 11:34:11.32 ID:28zoD9Qao
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……
それから一週間後、ロコの絵は無事に完成した。
ジュリア「で、もったいぶって、布かけちゃってるのか」
ロコ「会場のボルテージをマキシマイゼーションするためには当然です!」
千早「会場と言っても……」
P「いつものロコのアトリエじゃないか」
光り差すアトリウムの中にある、ロコだけの空間。今日もやわらかな陽が降り注いでいた。
ロコ「おほん……それではロコのステイト・オブ・ジ・アートをお見せします」
ジュリア「?」
P「最先端って意味だな」
- 113 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします[saga] 2016/09/26(月) 11:34:54.67 ID:28zoD9Qao
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ロコ「等身大の女の子の絵です。等身大というのはサイズもそうですし、マインドやスピリットの面だったり……」
ロコ「モデルは特に誰かいるわけではなくて、どこにでも居そうな女の子を描いたつもりです」
ロコ「マテリアルは特にこだわりました!ラグジュアリーなパステルカラーを……」
ロコが自分の作品へのこだわりを長々と喋る。
千早「伴田さん……そろそろ布を取って作品を見せて欲しいのだけど」
ロコ「わっかりました!それではご覧あれ!」
ジュリアの身長と同じぐらいの高さまであるボードにかかった布が剥ぎ取られる。
白い布はロコに引かれて、靡いて、はらりと床へ落下する。
カンバスには一人の少女が描かれていた。
ジュリア「頭にリボン二つ……かわいい女の子だな……ん?」
P「……」
千早「春香……?」
ロコの描いた等身大の絵の少女は、天海春香に瓜二つだった。
今にも動き出しそうな躍動感のある絵……その顔はにこやかで、降り注ぐ陽光よりも明るく、見た者全てを虜にするであろう、まぶしい笑みだった。
第二章:消えたギターと墓参り
転載元
ジュリア「夢みる歌姫と」千早「ギター少女」
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