以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします[saga] 2016/09/26(月) 00:08:51.86 ID:28zoD9Qao

ジュリアと千早のSSです。色々な人が出ます。

■目次
プロローグ:初恋と流星群
第一章  :ロコ、思うままに
第二章  :消えたギターと墓参り
第三章  :アイ・オブ・ザ・タイガー
第四章  :オールドホイッスル
エピローグ:アディオス

114 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします[saga] 2016/09/26(月) 17:58:01.80 ID:28zoD9Qao

第二章:消えたギターと墓参り


春香『私の大事な人達……家族、友達、ファンのみんなに届くように唄います……。【キミはメロディ】!』

ジュリア「天海春香……か」

ジュリアは事務所のテレビを何の気なしに眺めていた。昼時のワイドショーにはどこか春香が不釣合いのように思えた。

先日のテレビ出演で唄った『I Want』を研究するために、ある程度春香のことを下調べしていた。

いつも元気で明るくて、少しドジで一日一回転ぶ……そんな情報がネット上に踊っていた。

一方で時折見せる、『I Want』のときのようないつもらしくない表情、きっとそれすらも春香の魅力なのだろうとジュリアは分析していた。

115 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします[saga] 2016/09/26(月) 17:58:35.37 ID:28zoD9Qao

実際、彼女の信奉者である千早も、

千早『春香の魅力……?自然と何にでも成れるところかしら。少なくても、何にでも成れているようにみえるところ……』

ジュリア(なんてムズカシ―ことを言っていたけどさ)

実際に春香の歌を唄った身からすると、その感覚はとても理解しやすいものだった。一方で、

ジュリア「解せないのは……」

ロコの絵だった。ロコが描き上げたあの絵は、天海春香にそっくりだった。あの後ロコに聞いてみたところ、

ロコ『アマミハルカ……知らないです』

と、キョトンとしていたから、本当に知らなかったのだろう。そもそも嘘をつけるタイプじゃないし、つく意味もないのだから。

ロコ『ただ、確かにアイドルをイメージして描いてはいます。アイドルのデイリーライフ……誰にも見られていない日常の一コマのつもりです』

ジュリア「それに、あの時のプロデューサーの顔……」

ほぼほぼ無表情、ロコの作品に対して大体は手放しで褒めている印象だったのに。強いて、あの表情を分類するとすれば……やはり、

ジュリア「後悔……、自責……」

話せない何かがあったのかもしれない、とジュリアは結論付ける。

116 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします[saga] 2016/09/26(月) 17:59:58.81 ID:28zoD9Qao

……

立て付けの悪い事務所の玄関ドアがギイギイと音を立てて開く。

P「ただいまー」

ジュリア「……家かよここは」

P「おお、ジュリアじゃん」

ジュリア「……居たら悪いか?」

P「なんだよ、つっけんどんに……」

ジュリア「隠し事しちゃってさ」

P「……?」

117 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします[saga] 2016/09/26(月) 18:00:41.13 ID:28zoD9Qao

ジュリア「ま、いいさ。ところでさ、あたしのギター戻ってきた?」

P「ああ、午前中に届いてたよ」

ジュリア「本当か!?ピッカピカになってるといいんだけどな~」

件の番組から一ヶ月後、ついにジュリアの単独ライブ開催が決まった。

そのため、ステージ機材の見直しが行われ、その際、目についたのがジュリアのギターだった。

ジュリアは普段からギターを大切に扱うものの、長年使用してきたためところどころ汚れや傷が目立っていた。

ジュリア「いやいや、事務所でリペアに出してもらえるなんてさ~……助かるよ」

P「これからも長く使うことになるだろうしさ」

ジュリア「……まさかこれで事務所の備品になったりしないだろうな?」

P「大丈夫、大丈夫、そんなことないから……」

ジュリア「よし、これで心置きなく弾きまくれるぜ……。それでさ……どこに?」

P「デスクの横に……ってあれ?」

ジュリア「影も形もありゃしないぜ」

P「ギターが一人で歩き出すってことは……?」

ジュリア「んなわけあるかー!」

118 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします[saga] 2016/09/26(月) 18:01:14.25 ID:28zoD9Qao

ジュリアが叫んだ後、再び玄関ドアが鳴り響く。

真美「たっだいまー!」

響「ただいま!」

やよい「ただいまー」

律子「あんたち……家じゃないんだから……」

真美「いやいや、律っちゃん……真美にとって765プロは第二の故郷なのですぞ」

真美の言葉にうんうんと頷く響とやよい。

律子「ま、確かにそうかもね。私なんて事務の手伝いでここに来ない日は無いし……」

P「765プロ住民の皆さん、おかえりー」

律子「なんか引っかかる言い草ね……」

P「いやいや、今認めてたじゃないか」

119 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします[saga] 2016/09/26(月) 18:01:45.74 ID:28zoD9Qao

真美「どったのぷぅちゃん、怖い顔して……」

ジュリア「ギター……知らないか?」

響「もしかして、無くしたのか?」

やよい「た、大変です!」

ジュリア「リペアに出してたのが午前中に戻ってきたってプロデューサーが言ってるんだけどさ」

律子「プロデューサー、どこにやったんですか?」

P「いやいや、確かに置いといたんだけど……」

律子「ギターがジュリアにとって大切なものだって解ってますよね?少なくとも渡すまではあなたに責任があると思いますけど」

P「……面目ない」

真美「そうだ!真美たちが仕事してたときに亜美からメッセージが来てたんだけど……」

ジュリア「何か関係ありそうなことだったか?」

真美「うーん、多分……ね。これなんだけど」

そう言って真美は亜美からのメールを見せる。熊とギターの絵文字に力こぶが三つ。それだけ。

120 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします[saga] 2016/09/26(月) 18:03:56.49 ID:28zoD9Qao

響「……よくわからないぞ」

やよい「『ぷぅちゃんのギター、めっちゃかっこいい』?」

真美「その通りだよやよいっち!さっすが亜美検定一級の持ち主っしょー」

律子「何なのよその検定は……」

P「資格マニアの律子が知らないとは……、ちなみに俺は二級持ってるぞ」

真美「えー、兄ちゃん、なんで真美に黙って取得してるのさー!真美の目がグロいうちは亜美に手を出させないんだかんね!」

律子「なんだか色々ツッコミどころがあるけど、面倒くさいからもういいわ……」

ジュリア「なあ、リツ姉、いつもこんなノリの相手してるのか……?」

律子「あったりまえでしょ!亜美検定なんて甘い甘い、私なら亜美真美検定十段になってるところよ!」

やよい「律子さん、名人だったんですねー!」

P「やよいの純粋な目を見てたらなんとなく罪悪感が……」

ジュリア「……ともかく、まずは目撃者の亜美に聞きこみ調査だ!場所は?」

真美「いつものボーカルレッスンのスタジオかな?」

ジュリア「プロデューサー、車を!」

そう言ってジュリアは、映画のタイトルの様な格式張ったセリフでプロデューサーを引っ張り出す。

121 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします[saga] 2016/09/26(月) 18:04:40.48 ID:28zoD9Qao

……

ジュリア「ギターが無いと落ち着かないって言ったけどさ……」

プロデューサーは車のハンドルを握る。ジュリアは後部座席で赤い光沢が目立つギターを手にとっていた。

P「事務所にあったやつだけど」

ジュリア「ボディに穴が開いていて……肉抜き?」

P「アルミボディだ」

ジュリア「削ってるのに重いのはそのせいか……、ギターシンセにサスティナー……
 こういう、わちゃわちゃとくっついてるのってあんまり好きじゃないんだよな」

P「そんなこと言わないでさ。人気者になったらギターのタイアップとかくるかもしれないぞ」

ジュリア「……そうだな」

気の抜けたジュリアの返事。車は大通りを左折し、細い路地へと入っていく。

P「どうしたんだ」
122 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします[saga] 2016/09/26(月) 18:05:40.64 ID:28zoD9Qao
ジュリア「アイドルって大変だなーってね」

P「今更か……」

ジュリア「だって、望まない仕事だってくるかもしれないだろ?アーティストだって言い張れば突っぱねることもできるかもしれないけど、
 アイドルじゃニコニコしてこなさないとならないだろ」

P「アーティストだったら突っぱねてもいいのかわからんけど、アイドルだって武士は食わねど高楊枝を決め込んだっていいんじゃないか」

ジュリア「でもさ……そうやって扉を閉じちゃったら、出会えるものにも出会えないんじゃないかって思ってさ」

P「いつかの千早に聞かせてやりたい言葉だな……」

車がスピードを落として、レッスンスタジオの前に止まる。

ジュリアは完全に停車する寸前にドアハンドルに手をかけ、すぐさま外へ飛び出す。
123 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします[saga] 2016/09/26(月) 18:06:08.34 ID:28zoD9Qao
……

桃子「それで、お兄ちゃんがジュリアさんのギターを無くしちゃったってこと?」

朋花「プロデューサーさん、責任とらないとだめですよ~」

亜美「兄ちゃん、インセキジニンしちゃうの!?流れ星になっちゃうの?」

P「そうはなりたくないもんだから探しに来てるんだけどさ……」

ジュリア「亜美が事務所であたしのギターを見たっていうから、ここまで来たんだけど」

亜美「……うん、見たよー、ピッカピカでチョ~かっちょよかったよー」

桃子「その時って、亜美さん以外に誰かいたの?」

朋花「事務所いた方が容疑者になってしまいますね~」

ジュリア「うーん、ギター持ち去るやつなんていないと思うんだけどな……」

亜美「ちょいまっち。今、亜美のノーミソから記憶を振り絞るからね……てい!」

124 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします[saga] 2016/09/26(月) 18:07:03.76 ID:28zoD9Qao

***

真「小鳥さん!これってもしかしてジュリアのギターですか?」

小鳥「ええ、そうよ、メンテナンスを業者さんに頼んでいたみたい。さっき戻ってきたのよ」

亜美「まこちんもぷぅちゃんみたいにギターバリバリ弾いてみたいカンジ?」

真「そりゃ、叶うんだったら弾いてみたいけど、楽器は触ったことないからなー」

雪歩「ジュリアちゃんだって猛練習してるんだから、追いつくのは難しいよね……でも見てみたいな、真ちゃんがギター弾くところ」

真「うーん、そんな困るリクエストをされても……」

小鳥「ごくり……私も見てみたいわ……」

亜美「なんだったら、765プロでバンドを組んじゃえばいいんじゃないのー?」

真「それ面白そう!……実際にできるかは別として」

小鳥「ふふっ、妄想するだけだったら……タダじゃないかしら」

亜美「ピヨちゃん、そんなとろけたような顔してたらますますお嫁に行けなくなっちゃうっしょ~」

小鳥「もういいのよ、私は……みんなの可愛らしい姿を毎日拝めるだけで十分幸せ者なのよ……」

125 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします[saga] 2016/09/26(月) 18:07:34.50 ID:28zoD9Qao

雪歩「……みんなそれぞれどんな楽器を使うんだろう」

真「雪歩、なんだかやる気だね……」

雪歩「例えば……琴葉ちゃんは?」

亜美「琴葉お姉ちゃんは……そうだ、バイオリンかな~」

真「うーん……それっぽいね。じゃあ、千鶴さんは?」

亜美「……キハーダかな」

雪歩「何それ?」

亜美「ゆきぴょん知らないの?サブローのヨサクのヘイヘイホーのときに鳴るカーッって音だよ!」

小鳥「そんなニッチな楽器があるのね……一体どんな楽器?」

亜美「ええっとね……からだなる?がっきにぶんるいされる……」

真「……ケータイみて何を読んでるの?」

亜美「もちろん、ウィキペーイディアっしょ~」

雪歩「なんでそもそもそんな楽器を知ってるのかな……」

亜美「昨日千早お姉ちゃんに、ヘンな楽器無い?ってしつこく聞いてたら教えてくれたんだよねー」

小鳥「きっと、千早ちゃんなりに真面目な回答だったのよね……」

亜美『おーほっほっ!これが私の家の広大な敷地に落ちていたキハーダ……つまりロバの顎ですわ!おーほっほっ!』

真「わざわざ千鶴さんのものまねをしなくても……っていうか、ロバの顎!?」

亜美「そだよー、骨らしいよ」

雪歩「ロバの骨を持った千鶴さん……想像できないですぅ……」

***

126 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします[saga] 2016/09/26(月) 18:09:17.44 ID:28zoD9Qao

亜美「ってなことがあったよ」

ジュリア「見事にギターへ繋がるヒントがないぜ」

朋花「プロデューサーさん、退屈そうですね?寝たらだめですよ~」

P「痛っ、朋花、おしりつねらないで……」

ジュリア「うーん……とりあえずはユキかマコを探すか……」

P「あの二人は、午後から一緒の仕事だったはず。急ぐか……」

桃子「お兄ちゃん……」

P「なんだ桃子」

127 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします[saga] 2016/09/26(月) 18:09:45.23 ID:28zoD9Qao

桃子「本当にギターがどっかにいっちゃったのかな?」

ジュリア「だって、現に無いんだし」

桃子「どうも見当違い……灯台下暗しって知ってる?」

P「……今日、学校で習ったのか?」

桃子「もう、またそうやって子ども扱いして!」

亜美「いやいや、ももーんはまだまだ子どもじゃないとだめだよー」

桃子「亜美さん、それどういう意味?」

亜美「ももーんが本当にオトナになっちゃったら、全国のファンの皆が
 『ああ、俺の娘こと桃子が……がっくし……』ってなって、日本人の労働意欲がキケンでヤバいことに!」

P「ううっ……桃子、大人はまだ早いからな……」

ジュリア「ここにも変な大人がひとりいるぜ……」

朋花「……プロデューサーさん、今度おしおき部屋……101号室ですよ♪」

桃子「とにかく、桃子が言いたいのは、もう一度事務所を調べた方がいいんじゃないのってこと」

ジュリア「確かにそうだな……」

P「じゃあ、とりあえず小鳥さんに連絡しておくよ」

128 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします[saga] 2016/09/26(月) 18:10:34.28 ID:28zoD9Qao

……

レッスンスタジオを出た二人は車に乗り込む。

空には青と白がそれぞれ七分三分。遠くに積乱雲が見える。

ジュリア「電話は?」

P「事務所につながらないから、誰も居ないのかも」

そういうとプロデューサーは、おもむろに鞄からタブレット端末を取り出す。

ジュリア「……ゲームでもやるのか?」

P「違う違う……在席情報を見るんだよ」

ジュリア「へー、そんなことできるんだな」

P「律子がぱぱっと作ったんだよ」

ジュリア「リツ姉、そんなことできたのか!?」

P「ああ、なかなか色々な引き出しもってるからな律子も……前にCDの売上予測ソフトとか作ってたし」

ジュリア「ともかく……事務所に戻るか、ユキとマコを追いかけるか……」

P「事務所に戻っても誰も居ないんじゃ仕方ないしな。二人は夕方から国分寺の駅前でライブイベントだ」

ジュリア「じゃあ……二人を追いかけようぜ」

129 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします[saga] 2016/09/26(月) 18:11:07.56 ID:28zoD9Qao

……

幹線道路を信号に捕まりながら徐々に進んでいく。

ジュリアはアルミギターにミニアンプを接続して、弦を弾く。

ジュリア「うるさくないか?」

P「いや、うまいし、特に気ならない……聞いたことない曲だな」

ジュリア「そりゃそうだ、あたしが作った未発表のやつだから」

P「制作中、というわけではなさそうだけど……なんで公開しないんだ?」

ジュリア「……大した理由はないさ」

プロデューサーはウインカーを上げ、青矢印に従って車を右折させる。

ジュリア「……このまま真っすぐ行ったらどうなるんだろうな」

P「ずっと行けば八王子まで……」

ジュリア「いや、そういう意味じゃないんだ」

130 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします[saga] 2016/09/26(月) 18:11:47.55 ID:28zoD9Qao

P「……自分の行く道の分岐?」

ジュリア「ああ……そんな大層なものじゃないんだけどさ、もしかしたら違う景色があったのかも、なんてさ」

P「……やっぱりアイドルは嫌か?」

ジュリア「いや……きっと面白いんだろうなって、みんなを見てたら解る。でもさ、いざ自分のこととなると」

P「まだまだアイドルである意味を探す時間はあるさ。もちろん、こっちでもジュリアがそれを見つけられるようにサポートするけど……」

車が赤信号で停車する。エンジンの回転数が下がり、耳に入る音も変化する。

ジュリアは窓から車の外に視線を向ける。そこに見知った顔を見つけたものだから、ギターをミュートして、

ジュリア「なあ、あれ、チハじゃないか?」

P「ああ、そうみたいだ」

ジュリア「なんか公園みたいなところに入っていったけど、ここは……墓地?」

131 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします[saga] 2016/09/26(月) 18:12:35.85 ID:28zoD9Qao

P「……」

ジュリア「墓参りって時期でもないけど……どうしたんだろ、プロデューサー知らないか?」

P「……色々あるんだろ」

ジュリア「またそうやって隠す……あたしってそんなに信用ないのかよ」

P「触れられたくない場所、深くにしまっておきたい出来事……生きてりゃ一つや二つぐらい持っちまうさ。お前にはないのか?」

ジュリア「あたしには……ないけど」

P「何だ妙な間は……いや、詮索するつもりは無いんだ」

ジュリア「話したくなったら話すよ」

P「そういうことだよ。千早だって話したくなったら話してくれるさ、きっと」

ジュリア「ずけずけと出張って嫌われたくはないしな」

P「もし力になりたいなら、ちょっとずつ近づけばいいさ。時間はまだまだあるんだから」

ジュリアはプロデューサーの含みのある言葉を訝しむ。

ジュリア(プロデューサーの言う『時間』って一体何だ?ただ単に、あたしたちの方が若いからってことか?)

逆に言えば、プロデューサーは何かしらの出来事について時間が残されていないのかもしれないと、
ジュリアはなんとなく悟ってしまった。

132 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします[saga] 2016/09/26(月) 18:13:45.83 ID:28zoD9Qao

……

ジュリア「プロ・アマ合同音楽祭?」

P「ああ、ここの駅前はかなり人通りが多いし、きっと目立てるだろうなと思ってさ。雪歩と真をデュオで突っ込んだってわけよ」

到着がステージの始まる直前になってしまったから、ギターの行方を尋ねる余裕がなくなってしまった。

雪歩と真に見学してるとだけ伝えて客席からステージを見守ることになった。

P「次の次だな」

ジュリア「次は……高校生のガールズバンドか」

五人の少女たちがステージに現れ、楽器のセッテイングを始める。ギターが二人に、ベース、キーボード、ドラム。

あまり場慣れしていないのかスタッフに頼りながらセッティングを完了させたようだった。

ステージの中央に立つギターボーカルの少女は学校名とバンド名を名乗り、「それでは聞いてください」と観衆に声をかける。

133 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします[saga] 2016/09/26(月) 18:14:24.25 ID:28zoD9Qao

ジュリア「赤いランダムスター……女の子にしちゃ随分ゴツいぜ」

少女たちは顔を見合わせ微笑む。正面を向いて、ドラムスがワンツースリーとリズムを取り、演奏が始まる。

ジュリア「荒削りだけど、心に来るな……あの子たちは人を元気づけられるんだろうな」

P「こんな分岐もあったんじゃないか」

ジュリア(車の中でのウインカーの話……もし真っ直ぐに進んでいたら……)

ジュリア「あたしが、あんな輪の中に?」

同世代の子と、何か目標に向かって音楽活動を続ける……素直に魅力的だとジュリアには思えた。

プロデューサーはそれを悟ったのか微笑む。今現在のジュリアの心境までも見透かしたかのような笑みだった。

134 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします[saga] 2016/09/26(月) 18:14:53.01 ID:28zoD9Qao

ジュリア「……でもさ、あたしは……」

『アイドルをやりたい』とプロデューサーに伝えてあげたかった。

でも理由は見つかっていない……だからそんな嘘は付けない、それほど器用な人間じゃない。

ジュリア「わかんないや」

P「……」

ジュリア「これからやっていく、意味、理由……」

ステージ上でリードギターの少女が、ギターをキャビネットに向ける。

スピーカからの音でギターが震え、フィードバックで発振した高い音が響く。

ジュリア(パンクが好き、ギターが好き、音楽が好き……これでメシを食って行きたい)

ジュリアは心からそう思う

ジュリア(けど、具体的にどうしたら良いかなんて、まだ解っちゃいなかったんだ)

ジュリア「……まだまだ子どもだな」

P「何考えてるのか知らないけどさ、一応大人もいるから頼ってくれよ」

ジュリア「ははっ、それもそうだった!」

少女たちは演奏を終え、再び見つめ合い退場していった。

135 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします[saga] 2016/09/26(月) 18:30:55.12 ID:28zoD9Qao

……

次にステージに立つのは、我らが765プロの二人のアイドル。

真「こんにちは!菊地真です!765プロダクションというところから来たキャッピキャピのアイドルです!」

真に答えるのは黄色い声援が多い。

雪歩「萩原雪歩です……。よ……よろしくお願いします!」

雪歩への声援はやはり男性の声が多い。その勢いに雪歩はやや慄いているものの、
通りがけに足を止めた老婆であったり、小さな子どもであったり、そんな老若男女問わない歓声も聞こえてくる。

真「曲は……」

真・雪歩「Welcome!!」

雪歩と真のコンビネーション、歌唱力、ダンス、掛け合いで徐々に場は熱気を帯びてくる。

P「ジュリアも、わりと同性人気出てきそうだよな。そういう意味では真寄りか」

ジュリア「あたしはあんまりファン層とか気にしないけど」

P「だけど、この間の番組で色んな衣装が似合いそうだってわかったし、雪歩路線も……」

ジュリア「残念ながら、か弱いタイプじゃないんでね」

P「そうだな……あれでいて雪歩も芯の強いところだってあるし」

136 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします[saga] 2016/09/26(月) 18:31:22.40 ID:28zoD9Qao

ステージの二人の指先までもが観客を魅了しているように思える。眩しいほどの笑顔と艶やかな汗……。

ジュリア「なんとなく解るよ……本当に弱い子なら、ステージに立つことなんてできないはずだ」

あの場所に立てる者であれば、無条件に強さを兼ね備えている。

ジュリア(だから、弱いのはあたしだったんだ)

ジュリア(マツリに主役を押し付けようとしていたあたしは、アイドルとして戦おうとすらしなかったんだ)

ジュリア「本当に、逃げていっちゃったのかな、ギター……」

P「なんでそんな風に思うんだ」

ジュリア「楽器ってのは、演奏者の心を敏感に読み取ると思うんだ」

楽しいときは、喜ぶような音。悲しいときは、嘆くような音。そして、逃げたくなってしまえば……楽器は主の元を離れる。

でも、あたしは――とジュリアは思う。

137 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします[saga] 2016/09/26(月) 18:32:49.14 ID:28zoD9Qao

ジュリア「ほらさ、ユキとマコはいま楽しいだろうから、楽しい音、歌声なんだ」

観客はいつの間にか共振したようにリズムを取って揺れている。

P「逆に楽しい音だから、楽しくなるのかもしれない……ニワトリとタマゴみたいだけどさ」

ジュリア「どっちも一緒じゃないか?始まりは小さな揺れなのに、みんなの心に行き渡って、どんどん大きくなってさ……すごいや……」

ジュリア(きっと、あたしはそんなステージがやりたいんだ)

雪歩・真コンビと観客の興奮の波が最高潮に達して曲が終わる。名残惜しそうに拍手をやめない人、リズムを取る人、歓声を上げる人……。

ジュリア(でもこれは、ユキとマコの作り上げたステージであって、あたしの作ったものじゃない)

自分で作り上げた、実力でつかみとった、ステージ……そういうものがジュリアの脳裏に浮かぶ。

八角形のすり鉢状の景色、きっとそこは武道館――ロックの殿堂。

ジュリア「なあ、プロデューサー……」

その男に向き合い、宣言する。ジュリア自身の意志を確かに示す。

ジュリア「これからはさ、あたしのギターを弾きたい。あたしの音楽を奏でたい……この手で栄光を掴み取りたい」

P「……アイドルでか?」

それは解らないとジュリアは言い、

ジュリア「でも、アイドルだってあたしの一部になるのかも。ギターだってそう……あたしにしかできない、色々な事がごちゃまぜになったアイドル……」

138 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします[saga] 2016/09/26(月) 18:33:21.52 ID:28zoD9Qao

再び武道館のワンシーンが浮かぶ。

赤い光の海の中で浮かぶメロイック・サイン……中指・薬指・親指で拳を作って、
小指と人差し指を角のように延ばすポーズ、まるで小指の分離運動みたいに。

P「自分の手でって言ったけどさ……手伝う人、必要じゃない?」

ジュリア「ああ、だから、頼むぜ。夢まで……いっしょに走ってくれないか?」

日が暮れ始めていた。西日が眩しい。光の空間に、ジュリアの短い赤髪が揺れる。

そして、その少女は手を差し出す。共闘の契りを結ぶための握手にプロデューサーは応える。

P「こちらこそ、よろしく頼む」

ジュリア「よし、じゃあ早速、ギターの練習だ!……ってあたしのギター見つかってないんだった!」

プロデューサーはジュリアの前のめりな力強さと勢いに思わず吹き出してしまう。

139 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします[saga] 2016/09/26(月) 18:33:54.50 ID:28zoD9Qao

……

不意にプロデューサーは内ポケットに手をつっこむ。

P「ごめん、ちょっと電話でるから」

いつも胸に忍ばせている社有のスマートフォンを取り出して、プロデューサーは人の群れから離れる。

P「小鳥さん、お疲れ様です……ええ、ギター探しに出てるんですけど……えっ!?ああ、そうですか……わかりました、はい、すいません」

プロデューサーは、電話を切り、ため息をつく。

ジュリア「……どうしたんだ?」

P「あった、ギター」

ジュリア「本当か!?どこに?」

P「掃除するから小鳥さんが会議室に移動させてたんだってさ……はあ、バカかよ俺は」

ジュリア「ぷっ……バカプロデューサーだ」

ジュリアは堪えきれずに、声を上げて笑う。

140 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします[saga] 2016/09/26(月) 18:34:21.61 ID:28zoD9Qao

ジュリア「モモの言うとおり『灯台下暗し』だったってことか……。ともかく、見つかってよかったぜ」

P「ああ……でも、なんだか申し訳ないことになったな」

ジュリア「いや、いいんだよ……それにさ、あたしが決心したから、ギターが出てきたんじゃないかって思うんだ」

P「そりゃ、面白い捉え方だ……夢を追いかける者らしいや」

ジュリア「だろ?もっと期待してくれもいいんだぜ?」

踏ん切りが付いたのかジュリアは底抜けに明るく笑う。行く道は、きっと誰も足を踏み入れたことが無い領域にもかかわらず。

P「じゃあ、雪歩と真を送って事務所に戻るとするか」

ジュリア「よしきた!全く、手が寂しくてしょうがないぜ……」

P「あのギターは……?」

ジュリア「だめだめ、やっぱあたしのじゃないと……」

141 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします[saga] 2016/09/26(月) 18:50:23.55 ID:28zoD9Qao

……

真と雪歩を家まで送り届けた後、プロデューサーとジュリアは事務所に向かった。

日は暮れて夜の帳が下りていた。対向車のライトが、現れては消え、現れては消え……周期的な明滅のように感じられた。

事務所の前でプロデューサーはハザードランプを点けて、一時停車する。

P「ごめん、次があってさ、歩とエレナを拾ってこなきゃならないんだ」

ジュリア「はいよっと、ギター持って帰るぜ」

P「悪いな。じゃあ行くよ、お疲れ様」

ジュリア「お疲れ……あんまり無理しないでくれよな」

ジュリアは降車して、プロデューサーを見てウインクする。
左の目元にトレードマークの星は描かれていなかったが、まるで目から流星が飛び出るかのようだった。

プロデューサーは苦笑しながらアクセルを踏み込んで、道路の流れへと戻っていった。

142 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします[saga] 2016/09/26(月) 18:50:51.15 ID:28zoD9Qao

ジュリア「なんだか長い一日だったな……」

一段ずつ階段を踏みしめて、事務所へと近づいていく。真曰く、いい運動になる階段……。

三階まで登り、扉の前に立つ。『765プロダクション』ここが、羽ばたこうと懸命にもがく少女たちの住み家なのだと改めて気付かされる。

その扉を開け、

ジュリア「ただいまー……」

ここでただいま、と言ったのはジュリアにとって初めての事だった。

小鳥「あら、おかえり、ジュリアちゃん」

一人暮らしの身だからこそ、ただいまに対しておかえりと帰ってくることのありがたさがより良く実感できる。

ジュリア「ピヨ姉、ギターは?」

小鳥「あらあら、相当恋しかったのね」

ジュリア「あったりまえだろ、命みたいなもんだから」

小鳥「ふふっ、プロデューサーさんから聞いたと思うけど、会議室にあるわ」

ジュリア「オーケー、ありがとな!」

小鳥「……静かに入った方がいいかもしれないわ」

その小鳥の言葉に疑問符を浮かべながらも、そろりと会議室のドアを開ける。

143 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします[saga] 2016/09/26(月) 18:51:18.83 ID:28zoD9Qao

中に入ると小鳥の忠告の意味が理解できた。長髪の少女が小さな寝息をたてていた……ジュリアのギターを抱えながら。

ジュリア「チハ……」

穏やかな顔で目を閉じていた。普段は険しい表情を見せる事が多いため、目の前にある光景が少しだけ奇妙に思えた。

いや、知らないだけでこれも千早の側面なのかもしれないとジュリアは認識を改める。

千早はスラリとした身体を椅子に預け、両手をギターに回し、後生大事に……まるで小さな子どもを抱くかのような姿勢でいた。

右肩の方に顔を傾け、リズムの良い呼吸を続けている。

その姿と、昼間に見た墓地に向かう千早の姿がどうにもつながってしまって、ジュリアはどことなく物悲しい気分に浸ってしまうのだった。

不意に千早の指がピクリと動き、ギターの弦が弾かれ、会議室に音が響く。

アンプを通さない生のエレキギターの音ではあるものの、メンテナンスを受けた結果か、いくらか音がより美しく変化しているように感じられた。

144 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします[saga] 2016/09/26(月) 18:51:46.58 ID:28zoD9Qao

千早はゆっくりとまぶたを開け、目の前のジュリアを見つめる。「あ……」と声にならない声を発してから、

千早「……あの、その……これは」

ジュリア「いいぜ、そのままで。気にいってくれたならさ」

目覚めた千早は普段の表情を取り戻して、

千早「いいえ、よくない。ごめんなさい、大切なものには触れられたくないものよね」

ジュリア「弾いてみたかったのか?」

千早「……気になった、というべきかしら。でも、生半可な覚悟で触れるものじゃなかった」

ジュリア「その割に抱き心地は良かったみたいだけど」

千早「そ、それは……こう、なんというか、安心……できたの」

ジュリア「そうか……そりゃ、ギターも喜んでるだろうさ」

145 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします[saga] 2016/09/26(月) 18:52:14.06 ID:28zoD9Qao

千早は、照れたように顔を僅かに俯け会話を続ける。

千早「前にあなたがパンク好きだっていうのは聞いたけど……他に好きなジャンルは無いの?」

ジュリア「チハが好きなクラシックは、本当に基本的なところしか知らないけど……聴くだけならメタルとか多少は……」

千早「……意外。パンクとメタルって犬猿の仲だと思ってたわ」

ジュリア「はは、確かにそういうイメージはあると思うけど、あたしはどっちだって聞くぜ。良い音楽はとにかく良いって主義なんでね」

千早「……アイアン・カヴァーンは知ってる?」

ジュリア「ああ、もちろん。シンフォニック寄りのバンドだろ。あたし、『グレゴリオ』が大好きなんだよ」

千早「本当に?私もあの曲が一番好きなの!」

思いもかけない一致点を見出した二人の会話はいつも以上に弾んだ。

ジュリア(元から、話は合うなと思ってたけどさ)

千早の雰囲気は、ジュリアの想定したいつものそれとは異なっていた。

ジュリア(それにしてもチハ……)

この子は、こんなにも笑えるのだと気付かされる。今まで見たことのなかった柔和な笑顔がひたすらに眩しかった。

いや、もしかすると、プロデューサーに対しては、いくらかこれに近い笑顔を向けていたのかもしれないと顧みる。

146 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします[saga] 2016/09/26(月) 18:52:42.33 ID:28zoD9Qao

……

ジュリア「チハ、Fは押さえられる?」

千早「ええ、押さえ方は知っているけれど……」

コード、つまり複数の音を同時に響かせることよって生じるハーモニー、そのための指の〈構え〉を千早は作る。

1フレットをセーハ……6本の弦を人差し指で一度に押さえる。3弦2フレット、4弦3フレット、5弦3フレット。

千早は細い指に力を込める。

ジュリア「ほら、ピック」

千早はジュリアからピックを右手で受けとり、6弦から1弦までを一気に弾く。

千早「……うまく押さえられないの」

弦を適切に押さえられないときに鳴る、掠れたような鈍い音が混じり、ハーモニーは響かなかった。

147 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします[saga] 2016/09/26(月) 18:53:15.69 ID:28zoD9Qao

ジュリア「えーっと、あんまり力は要らないんだよ」

ジュリアは立ち上がり、千早の背後に回る。背中越しに左手をギターのネックへと伸ばし、千早の手を覆う。

ジュリア「力まかせすぎるんだ、握力があったってこれじゃ押さえらんないぜ」

千早は驚いたのか手を引っ込め、

ジュリア「……どうしたのさ?」

千早「あの……あまり慣れていないものだから」

ジュリア「そっか、ごめんごめん」

ジュリアは、そのまま千早の代わりにネックを握る。

ジュリア「1フレットはネックの裏に親指で支点を作って……てこの原理だよ、小学校で習うだろ?」

ジュリアは人差し指の腹というより側面に近い方で1フレットの全ての弦を押さえる。

そのまま千早と同じように〈構え〉を作り、弦を弾く。整った調和が会議室に響く。

ジュリア「ほら、やってみ」

ジュリアがネックから手を離し、入れ替わりに千早が握る。

148 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします[saga] 2016/09/26(月) 18:53:44.95 ID:28zoD9Qao

千早「こうかしら」

ジュリアのアドバイス通りに構えて、千早はピックで弦を擦る。ジュリアが奏でたような整った和音が鳴り響く。

千早「綺麗な音……私でもこんな音を出せるのね」

ジュリアは千早の背後から離れ元いた場所へ座り、千早を正面から見据える。

ジュリア「楽しいだろ」

千早「ええ、きっとそのはず……」

千早は何か含みを持たせたように答える。怪訝に思うジュリアは、

ジュリア「……唄ってるときみたいって思わないか?」

千早「確かに似ているかもしれないけど、仮に歌と同じだとしたら……」

千早はどうにも自嘲の入り混じった笑みを浮かべながら答える。

149 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします[saga] 2016/09/26(月) 18:54:28.62 ID:28zoD9Qao

千早「楽しい……だけじゃないの。独特の緊張感と……胸が裂けそうで、首が絞まりそうな気持ちで、
 でも、そういうステージを乗り越えたときに、私……生きてるんだなって、やっと実感するの」

ジュリア「解らないとは言わないけどさ、どうしてそこまで自分を追い詰めちまうんだ」

千早は、眉一つ動かさずにジュリアを見つめ……どこか睨んでいるようでもあった。

千早「そんなに知りたい?人の大切な、内側の話を……」

〈触れられたくないこと〉、確かプロデューサーはそういっていた。そして、恐らく内容を知っている。

先ほどまでの笑顔は一体どこへ行ったのだろう。千早に近づけるかも、という感覚がジュリアに浮かんでいたが、その領域は遥か先のようだった。

ジュリア(この距離感は勘違いだったのか、プロデューサーは一体どうやって……?)

ジュリア(それにしても、ここから先……踏み込んでいいのか?)

ジュリアは逡巡する。千早の奥底に暗く滾る炎を見つける。

その炎を見極めようと観察すると、恐怖とも畏怖とも区別の付かない感情に支配されていき……結局逃れることはできなかった。

闘争か逃走かの選択で……逃げることを選んでしまった。

《ジュリアは踏み込まなかった》

150 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします[saga] 2016/09/26(月) 18:55:08.98 ID:28zoD9Qao

千早「プロデューサーに、冷水を浴びせるのが好きなんだろって聞かれたことがあるの」

千早は、一方的にジュリアへ語りかける。

千早「そんなものだから、学校の部活動で爪弾きにされたり……とにかく、私の存在なんて……冷水そのものなのよ」

千早「プロデューサーは、当たってるの……いえ、好きかどうかはわからないけど、空気を冷やすのは得意なのよ」

千早「それを解ってくれた。その上で、私が、場の空気を温めることもできるんだって教えてくれた」

ジュリア「解った……冷やしてくれよ、空気をさ。チハのこと、教えてくれよ」

151 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします[saga] 2016/09/26(月) 18:55:37.28 ID:28zoD9Qao

千早は、洗いざらい告白した。不幸な出来事と、それを取り巻く人々の行動をくまなく伝えた。
 
152 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします[saga] 2016/09/26(月) 18:56:06.43 ID:28zoD9Qao

千早「満足した?根掘り葉掘りする手間が省けた?」

ジュリア「……そんな言い方ないだろ」

千早「……おせっかい焼きは誰かと一緒」

ジュリア「プロデューサーか?」

千早「ええ、そう」

千早は、天を仰ぐ。天井や建物で遮られた先にある、高い空を飛びたがっているかのようだった。

千早「春香なら……春香ならよかったのに……いてくれたらよかったのに」

ジュリア「どうしてここで天海春香の名前なんだよ……」

千早「あの人……プロデューサーはかつて春香を育て上げた人なのよ」

153 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします[saga] 2016/09/26(月) 18:56:42.57 ID:28zoD9Qao

ジュリア「……マジかよ?でも、天海春香は今も昔も765プロ所属じゃないって聞いたんだけど」

千早「当時はプロデュースを委託されていたって聞いてる……私が765プロに所属したのは、それが理由」

ジュリア「天海春香に会えると思ったから?それじゃあ、動機が不純すぎるし、なにより、そんなんじゃただのファンだ……演者じゃない」

千早「会いたいと思っただけじゃないの、知りたかったの……。
 春香は、無邪気に、子どもみたいに……ときには神様みたいに笑ってステージに立っていた。
 その理由や動機……方法も教えてもらいたかった」

ジュリア「だからってさ、苦悩が無いわけじゃないと思うぜ」

千早「それは、プロデューサーにも言われたわ……昔は悩むことの連続だったって」

ジュリア「昔はねえ……今はプロデューサーと天海春香はさっぱり離れてるってことか」

千早は、ギターをジュリアへ差し出す。ジュリアは受け取り、右の太腿に置いて構える。

千早「とにかく、そういう動機が不純で、暗いのが私……もういいわよね?」

ジュリア「ああ、いいさ……」

『どこへでもいっちまえ』ジュリアは言葉にしないにせよ、内心でそう思っていた。そして千早にもその心は透けてみえていただろう。

ジュリア(チハにはあたしが必要ない、居たって邪魔なだけだ)

千早「プロデューサーと春香のこと、他には社長ぐらいしか知らないはずだから、誰にも言わないで」

千早は踵を返し、出て行ってしまった。

154 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします[saga] 2016/09/26(月) 18:58:14.75 ID:28zoD9Qao

ジュリア(あたしには喋ってよかったのかよ……)

突き放した一方で、このままでいいとは思っていなかった。しかし、今すぐにとるべき行動が浮かばない。

ジュリア(浮かばないにせよ……手が、ほとんど勝手に動くんだ)

ミニアンプを接続して、ギターのスイッチ類を調整する。リペアの価値が感じられるなめらかな操作感。

ジュリア(届くのかな……届いても、伝わらないかもな)

ジュリアは『思い出をありがとう』のイントロを弾き始める。

155 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします[saga] 2016/09/26(月) 18:59:05.34 ID:28zoD9Qao

***

「武田さん、お久しぶりです」

「ああ……あの子を僕の番組に連れて来てくれたとき以来かな」

男……武田蒼一はそう言って微笑む。

芸能界では著名な音楽プロデューサー……アイドル関係では、あの元・女装アイドル秋月涼を見出した功績でよく知られている。

「書類には目を通したよ」

「……単刀直入にですが、あの二人をあなたの番組……オールドホイッスルに出演させてほしい」

武田は「ほう」とつぶやき、顎を撫でる。

テレビ局の楽屋の一室だった。クーラーが効きすぎて肌寒いぐらいで、テーブルに並べられたホットコーヒーから湯気が立ち上っている。

「如月くんの名前は知っている……君が力を入れているようだからね。しかし、ジュリアくんの方は……有望株なのかい」

「ええ、そう思っています」

「君の目は確かだと、僕も思う……だけど、二人とも圧倒的に実績が足りない」

「……あなたが実績だけを見る人だと思っていない」

「確かにそうだ。だが、他人を説得するときに実績というのは大事だ。第三者によって裏付けられた実力……それが実績だろう?」

「もっともでしょうね」

156 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします[saga] 2016/09/26(月) 18:59:44.77 ID:28zoD9Qao

武田は鞄から書類を取り出す。先日送付した千早とジュリアの資料だった。

当然歌を収めたメディアも送りつけている。驚くほど律儀で、信頼に足る人物ではある。

「じゃあ、こういうのはどうだろう……チャンスを君と二人にあげるというのは?」

「一体、どういう形で?」

「最近はそうやって僕のところへ直談判しにくる子も多いんだ。そういう若い子のために、オーディションをやろう……僕の番組に出演する権利を獲得するための、ね」

一方で、食えない男でもある。それも当たり前だ、なにしろ、巨大な権力を持つテレビ局の意向を封殺できる番組の指揮を執っているのだから。

それも、自身が巨大な力を持つのでなく、純粋にネームバリューを武器に立ちまわって実現しているのだ。音楽プロデューサーより政治家の方が適職ではないか。

「それでは、そのオーディションに二人をエントリーさせていただけると?」

「ええ、実績が無いのであれば、実力を直接見せてもらいたい。詳細は、また別に送るよ」

「ありがとうございます」

「何、これくらいは……。ところで、あの子……天海くんは?」

「知っているでしょう……聞かないでもらいたい」

「それもそうだね……いや、楽しみにしているよ」

***

157 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします[saga] 2016/09/26(月) 19:00:45.23 ID:28zoD9Qao

……

近づけるかもしれない、そう思っていた。

千早は自室でクマのぬいぐるみに話しかける。今は居ない大切な家族の代わり、もしくはそれを受け継ぐ存在だと想定して。

それは寂しい行為ではないと千早は既に結論づけていた。プロデューサーに言わせれば、ある種の自己暗示に近いはずだ、とのこと。

千早「自分から離れてしまえば、芽は出ない……」

でも、近づいたってどうなるのか解らない。いずれ、強大なライバルになるかもしれない存在に対して……。

千早「それに……やりたいことにもっと時間を使わないと」

己の欲求と使命感がごちゃまぜになって、歌はいつでも私を苦しめる。

気が遠くなりそうなほど、果てしなく続く道を這って進んでいるようだった。

軽い動悸に襲われる。音楽を聴こう、ブラームスのロ短調……。

これで落ち着きを取り戻せるのだから、やっぱり音楽が大好きでもあるのだと、改めて自覚する。

158 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします[saga] 2016/09/26(月) 19:01:21.23 ID:28zoD9Qao

セットコンポを置いた机の一番上の引き出しを開ける。そこから一枚の写真を取り出す……春香と私が映った写真だった。

いわゆるツーショットチェキと呼ばれる、アイドルとファンが二人で撮影したインスタント写真だ。

私は、こういうイベントをやったことがない。うまく笑えないからだろうか。

春香がデビューしたてのとき、まさにファーストライブのものだった。そのステージの光景は今でも目に焼き付いている。

春香『天海春香、16歳!トップアイドル、目指してます!』

毅然と己の目標を、臆せず、恥ずこともなく言い放った少女は、私のアイドルというものへの認識を180度転回させた。

その宣言から先は、まるで会場が宇宙になったかのようで、春香は太陽のように眩しかった。まさに『太陽のジェラシー』を唄っていたからかしら。

春香は、会場の一人一人の目を見て、確かあの時は二十人もいなかったから、それぞれの名前を問いただして、ずっと覚えてるからね、なんて言っていた。

当然、今となっては私の名前なんて忘れているはずだけど。

159 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします[saga] 2016/09/26(月) 19:01:58.10 ID:28zoD9Qao

『如月千早です!』

ライブ会場で本名を叫んだことなんてなかった。

春香『千早ちゃん、よろしくね』

直後に春香はステンと転んだ。

ともかく、ライブが終わった後、私は春香のCDを買ってサインを貰い、写真を撮ってもらった。

『天海さん……お願いします』

春香『春香でいいよー。これからよろしくね』

このときのシャッターの音と、フラッシュの光が記憶に強く残っていて、今でも写真を撮影されるときに、その感覚を呼び起こされてしまう。

まもなく春香の人気が爆発して、私はライブに行かなくなってしまった。飽きたとか、見限ったわけではなくて、むしろ、想いが強くなりすぎて、

千早「同じステージに立ちたい……歌を、教わりたい」

160 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします[saga] 2016/09/26(月) 19:03:03.42 ID:28zoD9Qao

写真を裏返してメッセージを見る。『また会おうね』とある。〈また〉は未だに訪れていなかった。

この話は誰にもしていない。春香には会ったことがある……向こうは覚えていない。

だから、会ったことがないというのは真実で、私の思い出こそが空想なのかもしれない。

でもその時、春香と一緒に居た男性がプロデューサーだった。

その記憶を頼りに、765プロまで辿り着いた……偶然を装って。

千早(だけど、もし、憧れの存在とまた会えたとして)

千早「私は何がしたいの?」

ぬいぐるみが微笑んでいるように見える。

しげしげと観察する度に、毎度異なる表情をしているのではないかと訝しんでしまうが、むしろそれは自分の心の持ちように起因するのかもしれない。

161 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします[saga] 2016/09/26(月) 19:03:39.00 ID:28zoD9Qao

千早「穏やかに過ごしたいわ」

室内灯を落とし、布団に潜る。他人に優しくしてもらったことを思い出す。

春香との握手の温もり。プロデューサーだって悪い人じゃない。ジュリアとは、本当のところ、一緒に唄いたい。今はそう思っている。

でも面と向かったときにどう言ってしまうかはわからなかった。

事務所の子たちだって皆、良い人。悪いのはきっと私……でも今、自分を責めるのはやめよう、夜は眠らなくては。

何度か訪れる入眠間際の落下する感覚も乗り越えて、眠りの世界へと旅立った。

そこは、ただひたすらに平和な世界だった。 



第三章  :アイ・オブ・ザ・タイガー




転載元
ジュリア「夢みる歌姫と」千早「ギター少女」
https://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1474816131/